日が落ちてもナヴィの熱は下がらなかった。
「これを飲ませて、一晩寝かせれば大丈夫だ」
キクがすり鉢で丁寧にすった薬草をガスクに渡した。これ、苦いんだよなあ。見ただけで顔をしかめて、ガスクはナヴィの体を起こした。目を開いたナヴィはガスクを見上げてビクリと震え、それから小さく息をついた。
「ごめんなさい…」
ガスクに背負われてここまで来たことを覚えているようだった。ガスクの腕に支えられて器に口をつけると、ナヴィは顔をしかめてすぐに口を離した。
「いいから、飲め。飲まなきゃ置いていくぞ」
「…でも」
「でももクソもあるか。これを飲めば一発で熱が下がるから」
ガスクが言うと、ナヴィは眉をひそめながらも器をつかんで、それを一気に飲み干した。おお、やるじゃねえか。キクが笑いながら言って、ガスクはナヴィの口元についた薬草の汁を拭いながら口を開いた。
「もう少し寝ろ。起きたらお前をダッタンへ連れていく」
「ダッタン市…? なぜ…」
毛布を丸めた所へ頭を下ろされ、ナヴィはガスクを見上げて尋ねた。キクが隠れ家へ連れていくのかと続けて尋ねると、ガスクは首を横に振って、ナヴィの額の汗を拭いながら答えた。
「ダッタン市で、お前をオルスナへ連れていってくれる奴を探す」
「オルスナ?」
「パンネルにそう頼まれた。だから早く元気になってもらわなきゃ困るんだ。自分で歩いてもらわなきゃ、俺の方が先にくたばっちまう」
真顔で言ったガスクに、ナヴィは目を閉じて頷いた。パンネルはナヴィをオルスナ人だと言った。だが、やはり物腰やなまりのない言葉遣いから、アストラウルの貴族なんじゃないかという気もしている。
ナヴィの口からそれが聞きたかった。キクたちがいる前で聞くのは何となく憚られて、ガスクは俺も少し休むと言ってキクを見上げた。目が覚めるまで見張りをしてやるよ。そう言って目を細めると、ナヴィの隣で寝転んだガスクを見てキクはランタンの明かりを落とし、ゲルから出ていった。
真っ暗な中、ナヴィの呼吸が規則正しく聞こえると、ガスクはようやく目を閉じてその寝息に聞き入った。子供の頃、こんな風に兄と二人で眠っている内に、恐い夢を見たことが何度もあった。夢の中で自分はいつも誰かに追われていた。
今日はやけに昔のことを思い出す。ため息をついて、ガスクは寝返りを打ってナヴィに背を向けた。兄と同じ名を与えられたこの男を見るたびに、頭の中にしまい込まれていた記憶が呼び起こされるようだった。兄貴、怒っていないか? もう一度寝返りを打って暗闇の中でナヴィの髪を指先で探ると、ガスクは兄との手触りの違いを確かめてから手を離した。
兄貴の名前を、この男が持つことに。
…俺にはもうどうしようもないことか。考えて、ナヴィの寝息にまた耳を澄ませながらガスクはゆっくりと眠りに落ちた。外はやけに静かで、虫の声一つ聞こえなかった。
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