「エウリルさまが逃亡!?」
その日、まだ夜が明けきらないうちに父ハイヴェル卿から書斎へ呼び出されたルイゼンは、話を聞いて思わずソファから腰を上げた。
厳しい表情のハイヴェル卿は、青い顔をしてルイゼンを見上げ、落ち着いて聞けと言葉を付け加えた。不安に胸が押しつぶされそうな思いを必死に抑えると、ルイゼンはまたソファに座って所在なく両手を膝の上で組んだ。
「エウリルさまはご病気だと聞いています。それがなぜ…何かの間違いではないのですか」
「数日前からアントニアさまが権限を持つ王宮衛兵たちが動いている。それに気づいた近衛兵から直接知らせが入ったので、極秘に調べさせたのだ。ルイゼン、お前に任せなかったのは、お前がローレンさまやエウリルさまと私的にも近い立場にあるためだ」
「しかし」
「王子は婚儀の夜、エンナさまとサウロン公の息女を殺して、サニーラさまの指示で音叉の牢獄へ幽閉されたそうだ。それを侍女と側近の男が助け出し、王宮外へ逃がしたと報告を受けた」
血の気が引いて、ルイゼンは震える指先を押さえるように組んだ手に力を込めた。エウリルの屈託のない笑顔が脳裏を横切った。
そんなバカな…王宮を出てサウロン公となっても、生涯、エウリルさまを守っていこうと心に決めたばかりだったのに。組んだ手の上に額を押しつけると、ルイゼンはギュッと目を閉じた。エウリルさまが母妃や妃を殺した?
「エウリルさまはそのようなことをするようなお方ではありません」
顔を上げてきっぱりと言ったルイゼンに、ハイヴェル卿は口をつぐみ、それからジッと息子の顔を見て答えた。
「重要なのは真実ではない。ルイゼン、これからの身の処し方で、ハイヴェル家の浮沈にも関わる事態となるかもしれんのだ」
違う、違う違う違う! 口にすることもできずに言葉を飲み込み、ルイゼンが瞳を揺らして父を見つめると、ハイヴェル卿は目を閉じて額を押さえた。
「先代からルクタス家にお仕えしてきたのだ。私とて迷いはある…しかし、王家とはルクタス家のみならず。分かるな、ルイゼン」
「お父さま!」
「エウリル王子を、王宮の衛兵軍よりも先に捕らえるのだ。報告によれば、国民議会議長のシャンドランもすでに動いていると聞いている。事態は一刻を争うのだ。ルイゼン、お前にアストラウル王立軍長の権限を持ってエウリル王子追捕を命じる」
ハイヴェル卿の言葉に、ルイゼンは強く唇を噛み締めた。
エウリルさまを、私が追う? そして…捕らえられればエウリルさまはどうなる。
尋ね返すことすら、武官のルイゼンには許されていなかった。ルイゼンは立ち上がり、頭を下げてハイヴェル卿の自室を出ていった。今の私にできることはただ一つ。
誰よりも早くエウリルさまを見つけ、真実を知ること。
廊下を長い足で大股に歩くと、ルイゼンは従者に諜報部隊を呼べと告げた。廊下の豪奢な窓から、夜が明けて太陽が昇ってくるのが見えた。
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