ダッタン市にはスーバルンゲリラを捕まえるために配置されたアストラウル軍兵も多く、オルスナのキャラバンに混じって町の外へ出ると、ガスクはリーダーの男に丁寧に礼を言った。
「次にダッタン市に来る時は、少し迂回して南から入るといい。今、南側の役人はほとんど荷を調べないから、申請したよりも多く商品を持ち込める」
「ありがとう。ガスク、気をつけてな」
笑いじわを目尻に寄せて、オルスナの商人はガスクと握手して西に向かって旅立っていった。しばらくそれを見送ると、ガスクは南へ足早に歩き出した。
マントのフードを深くかぶったガスクは、途中、誰にも気づかれることなくダッタン市を出て、途中で馬を買い、三日目にはグステ村の北にあるサムゲナン市に着いた。町の宿で、主人から最近この辺りでアストラウル軍の兵隊を見かけたという話を聞くと、ガスクは次の日、サムゲナン市の郊外へ出て徒歩で川沿いの道を進んだ。
こんな田舎町にも、王宮の軍兵がいるのか。
ずっとグステ村には帰っていなかったから、さすがにもういないだろうと安心していたけれど、気をつけた方がいいかもしれない。考えながら川沿いをずっと下っていくと、子供の頃、母親や兄と魚を捕りに来た桟橋が見えてきた。そこに古い小舟が浮かんでいるのを見つけると、ガスクは足を止めて眉をひそめた。
村の誰かの漁船だろうか。
しかし、この舟は…小さな木舟の中は空っぽで、舟底で腐ったリンゴにはハエがたかっていた。日常的に使っている様子はない。だが、この舟で誰かが下ってきたのはつい最近のことだろう。
周りを見回すと、ガスクは川から離れて森に入った。そこは地元の人間でなければ迷うような深い森で道らしい道もなく、グステ村までずっと獣道が続いていた。周囲に気を配りながら慣れたように進むと、ふいに木々が開けて一軒の小さな家が見えてきた。
それは二年ほど前に戻った時と同じ姿をしていて、ガスクは小さく息をついて裏から家へ近づいた。水瓶の蓋を開いて中の水に鼻を近づけクンと匂うと、少しすくって舐めてからそばにあった柄杓に水を入れてガブガブと飲み干した。ようやく人心地ついて、マントのフードを脱いで家の中の気配を探ると、ガスクは家の正面に回って流木を取りつけただけのドアの取っ手をつかんだ。
お袋はいるだろうか。
いたら面倒だな…いっそ会わずに直接、カジュインの所へ行った方がいいのか? 取っ手をつかんだまま考えると、ガスクは思いきってドアを開けた。いたらいたで、すぐに出ていけばいい。靴音をたてて中へ入ると、ガスクは部屋の中央まで進んでビクリと足を止めた。
奥の台所では、いつものようにかまどに大鍋が置かれていた。火は入っていなかったけれど、大鍋の蓋の隙間からわずかに湯気がもれていた。天井から吊られた麻布の影にある、パンネルが使っているベッドをジッと見つめると、ガスクは驚きのあまり息をすることも忘れてその寝顔に見入った。
そこにはアストラウル人の青年が眠っていた。
痩せてはいるものの肌はきめ細かく、薄暗い部屋の中でも浮き上がるように白く柔らかく息づいていた。顔色の悪い青年は、かすかに寝息をたてている以外はほんの少しも動かず、生きているのか死んでいるのかも分からないほどだった。
なぜここに、アストラウルのガキがいるんだ。
頭が混乱してガスクが青年をジッと見つめていると、青年はふいに寝返りを打った。思わず腰に差した剣の柄に手をかけると、ガスクは青年の顔を眺めた。
何度見ても知らない顔だ。しかし、これは…。
村にいるスーバルン人やダッタン市のアストラウル人とすら違い、この青年の顔には日焼けの跡も染みも見当たらなかった。毛布からわずかに覗いた手は、華奢で美しく傷一つなかった。農作業や仕事とは無縁の手だ。ふいにガスクが剣から手を離して青年の手首を乱暴につかむと、青年はふっと目を覚ました。
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