ガスクたちから数日遅れてダッタン市に入ったグンナの部隊は、国立軍の駐屯地で王宮へ直に報告に来るようにとの伝令を受け取った。腹心の部下を一人連れて残りをダッタン市に待機させると、グンナは馬で急ぎアストリィにある王宮へ向かった。
非情さと冷静さを買われ、極秘任務であるエウリル捜索の指揮を任されたグンナには、王宮衛兵軍以外に帰る場所もなく家族もいなかった。連れ帰った部下に自分が王宮にいる間は自宅待機するよう指示すると、グンナは一人で王宮に向かった。
エウリルの捜索は、ダッタン市の手前で二人を見失ってから全く進んでいなかった。ダッタン市は人口が多く、町もごちゃごちゃとしていて色んな噂やガセネタが広まっていた。木は森に隠せとはよく言ったものだ。眉を寄せて王宮に入ると、すぐに王太子の書斎に通され、グンナは立ったまま所在なく王太子が来るのを待っていた。
今は一刻も早く行方を突き止めたい所だが…王太子に呼ばれたとあれば出向かない訳にはいかない。
元々、王宮警護が任務の主体だ。自分はともかく、他の者は行軍やゲリラ戦に慣れていない。すでに幾人かガスク=ファルソに殺されている。どうしたものか…。
考えながらも軍人らしい生真面目さで直立のまま待っていると、ふいに部屋の外がざわついた。大きなドアを開けて、王太子の侍従の一人が恭しく控えた。アストラウル衛兵軍独自の敬礼をしてグンナが階級と名を名乗ると、侍従に囲まれながら長く上質なマントを引きずって歩いてきた男が気だるげに書斎の大きな椅子に座った。
わずかにピクリと頬を震わせて、グンナは目の前の男を見た。
男は王太子ではなく、恐ろしいほど美しい顔をしていた。吸い寄せられるように男を見つめて、グンナは思わず息を殺した。王太子の椅子に恐れもなく座っているこの男は誰だ。細く長い指が、きめ細かな白い肌が、アストラウル人には珍しい赤毛が驚くほどの存在感をもたらしている。
「グンナ=プトゥ、私は王太子から衛兵軍を預かり、王子探索の指揮を執ることになった…」
立ち上がると、男は右手を差し出した。グンナがその手を握り返すと男はまた椅子に座り、どっしりとした机に肘をついてグンナを見上げた。
「フリレーテ=ド=アリアドネラだ。よろしく」
…貴族か。いや、どこかで聞いた名だ。
フリレーテと言えば、以前、第三王子の新しい愛人として噂のあった人物ではないのか。呆然と目の前のフリレーテを見ると、グンナはわずかに眉をひそめた。この美貌ならば、王子の…いや、王太子の愛人と言っても不思議ではない。だが、なぜエウリル王子追補の指揮をこの男が?
「簡潔に、これまでの状況を報告してくれ」
目を伏せてフリレーテが呟いた。グンナ。フリレーテが名を呼ぶと、まだぼんやりとフリレーテを見ていたグンナがビクッと震えて口を開いた。
「王子は王宮よりシジオタ川を小舟で南下したと報告を受け、シジオタ川流域の各町に駐屯する衛兵軍へ連絡を取り、怪しい舟を見かけたか、そのような情報がないかどうかを確認しました。そして日数と舟での移動を視野に入れた所、グステ村付近に潜伏していると思われました。王宮衛兵軍第四王子追補部隊十五名と共に馬で行軍し、サムゲナン市で情報収集した所、王子らしき人物がグステ村のパンネルという女の家にいると通報を受け、追補部隊十五名で捕縛作戦を行いましたが、居合わせたスーバルンゲリラのリーダー、ガスク=ファルソに反撃され九名死傷、その後ダッタン市の南で待ち伏せ作戦を行いましたが失敗しました」
よどみなく話すグンナの言葉を聞いているのかいないのか、頬杖をついたままフリレーテは目を閉じていた。ため息をついてふいに立ち上がると、フリレーテは王太子の書棚から一枚の地図を取り出した。
「パンネルという女は恐らくガスク=ファルソの母、パンネル=ファルソのことだろう。私がダッタン市に住んでいた頃、下町にスーバルンゲリラの隠れ家がいくつかあると聞いたことがある。もし王子が生きてダッタン市に潜入しているなら、ガスク=ファルソと共にスーバルンゲリラの隠れ家の一つにいる可能性が高い」
それはダッタン市の詳細地図だった。スーバルン人の集落はこの辺りだ。そう言って、華奢な手でフリレーテはダッタン市の南側に大きく円を描いた。
「それでは、南下してスーバルンゲリラのアジトの探索を…」
「君が探す必要はない」
グンナの言葉を遮って、フリレーテはダッタン市の中心部にある対スーバルンゲリラ内戦部隊の駐屯地を指差した。
「君の任務はゲリラとやり合うことではなく、王子の逮捕が最優先されるということだ。ダッタン市に不馴れな君たちがやみくもに動いた所で、ゲリラに関する情報はいくらも得られないだろう。対スーバルンゲリラ部隊に連絡を取り、ガスク=ファルソの居場所を確実に押さえさせる。そして混乱に乗じて王子を捕縛せよ」
「しかし、対スーバルンゲリラ部隊はハイヴェル卿管轄であります。極秘任務である以上、必要以上に他部隊と接触するのは避けるべきです」
「別に王子追補作戦を行っていると言う必要はない。アントニアさまを通して、スーバルンゲリラ壊滅作戦の援護に来た単発部隊という扱いにしてもらえばいい。もう一度言うが、君の任務はエウリル王子を連れて戻ること」
目を伏せてダッタン市の地図を眺めると、フリレーテは顔を上げてグンナをまっすぐに見つめた。
「生死に関わらず、だ。必ず私の前に王子を連れてくるんだ」
その目は澄んで美しく、妖しいほどに冴え冴えとしていた。魔にあてられたように、グンナはフリレーテの気配を全身で感じながら敬礼をした。なぜこの人は、美貌も貴族という地位も優秀な頭脳も、そして王太子からの信頼という力も手にしているのに、全てに絶望しているような目をしているんだろう。
あの王子を差し出した時、この人はどんな風に思うのだろう。
「アントニアさまからハイヴェル卿を通じて対スーバルンゲリラ部隊を動かすことができれば、追って連絡する。それまで君たちはダッタン市で待機し、交代でダッタン市の警備を行うふりをしながら情報を集めてくれ」
そう言って、フリレーテはダッタン市の地図をたたんだ。もう一度フリレーテに向かってグンナがアストラウル王宮衛兵の敬礼をすると、フリレーテは入ってきた時と同じようにアントニアの侍従たちに囲まれて部屋を出ていった。
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