夕食のシチューは何だかひどい匂いがして、他の男娼や娼婦たちが何も言わずに食べているのを見てナヴィは黙ったままそれを口に運び、ほとんど噛まずに喉へと流し込んだ。グステ村でパンネルと共にとった食事は、種類は乏しいものの新鮮で味は悪くなかった。リーチャやアニタとは違い、中にはうつろな目でどこを見ているのか分からず繰り返し食べているだけの者もいて、ナヴィは目を伏せて必死に食事を続けた。
僕達が食べている…いや、僕が食べていた王宮での食事をもっと粗末な物に変えれば、この人たちだってもう少しおいしい食事が食べられるはずだ。
食事だけじゃない、着る物も…そうだ、僕とハティの祝儀を上げるために莫大な金が使われたはず。どれほど多くの人々が苦しい思いをしただろう。もっともっと簡素にして、その分の税金をこの人たちに返すことだってできたのに。
僕からお父さまに、そう進言すべきだったんだ。
申し訳ない思いで一杯になって、ナヴィは臭いシチューの最後の一口まで綺麗にスプーンですくって食べた。元気になったみたいだな。隣に座っていたリーチャがナヴィの顔を覗き込んだ。黙ったまま頷くと、ナヴィは立ち上がって部屋へ戻ろうとした。
「おい、自分の皿ぐらい片づけなよ」
リーチャに声をかけられ、羞恥で真っ赤になってナヴィは皿を取り上げた。そのままどうしていいのか分からずに右往左往していると、リーチャは呆れたように自分の皿を取り上げてナヴィの手をつかんだ。
「ほら、そこにある布っきれで拭くんだよ。水で流して」
「あ、えと」
パンネルがいつもそうしていたのを思い出して、ナヴィは言われた通りに汚れた布切れを取り上げた。隣に立ったリーチャは小柄で、背はナヴィの肩までしかなかった。スーバルン人独特の浅黒い肌をしたリーチャを見ると、ナヴィはリーチャの分も皿を洗いながら尋ねた。
「リーチャ…は、ガスクの友達?」
「友達…うーん、幼なじみってとこかな。同じ村の出身なんだ。グステ村っていうとこ」
知ってる? リーチャが首を傾げると、柔らかく巻いた髪がふわりと揺れた。勝ち気そうな目は大きく、真っすぐに見つめられると何だかどぎまぎしてナヴィは黙ったまま頷いた。
「僕もそこから来たから。パンネルに…」
「ああ、ガスクがそんなこと言ってたっけね。何でお前、グステ村なんかにいたの。元はどこにいたの?」
次々と聞かれて、ナヴィは答えに困って言葉を詰まらせた。口をつぐんだナヴィを見ると、リーチャは頭の後ろで手を組んでナヴィを見上げた。
「ま、いいけど。こっちも聞かれたくないことあるし、お互いさまってことだな」
その時、ふいに裏口のドアが開いて二人が同時に視線を向けた。外はもう真っ暗で、ランタンを持ったアストラウル人の少年が赤い鼻をして息を整えていた。また走ってきたのか、ナザナ。リーチャがナヴィの向こうから覗き込むようにして言うと、ナザナと呼ばれた少年はリーチャを見てしどろもどろに答えた。
「ブッタリカさんに、頼まれて、これ」
ナザナは脇に抱えてやっと持てるほどの大きな酒瓶を抱えていた。ああ。納得したように言って、リーチャは酒瓶を受け取り、食堂に向かって声を張り上げた。
「ナザナが酒買ってきてくれたぞ! 誰かブッタリカさんに言ってきてくれ!」
ナヴィがナザナを見下ろすと、ナザナもナヴィを見上げて怪訝そうな表情をした。男娼らしくないナヴィの姿に、小さな頭でその正体を想像しているらしかった。
「おい、あんた、俺の皿も洗ってくれよ」
「俺のも。リーチャのは洗ったんだからいいだろ」
ふいに近づいてきた男娼たちに言われて、驚いてナヴィは振り向いた。ナヴィが皿を受け取ろうとすると、アニタが気づいてズカズカと近づいてきた。
「あんたたち、リーチャはガスクからこの子を預かってんだ。あんたたちとは違うだろ。自分の皿ぐらい自分で洗いなよ」
「何だよアニタ、仕切ってんじゃねえよ」
「何を騒いでいるんだ!」
一瞬、ビクッとして男娼たちが肩を竦めた。ナヴィが声の方を見ると、ブッタリカが大きな体を揺すりながら歩いてきて男娼たちをジロリとにらみつけた。リーチャが騒ぎに気づいて慌てて戻ってくると、ブッタリカはナヴィを見上げてその白い手をつかんだ。
「ふん、こんなお上品な手で皿洗いか。うちは女もいることだし、熱が下がったんならとっとと出てってもらいたい所なんだがな。娼婦を孕まされでもしたら、大損害だ。お前、名前は」
「ナヴィです」
ナヴィがドキッとして答えると、ブッタリカはふんとまた鼻で息をついてからしかめ面で言葉を続けた。
「ここにいる間、お前には男娼や娼婦たちの世話をしてもらう。手を出したら役人に突き出してやるぞ。あの男がお前を迎えにくるのが明日か一週間後かは分からんが、ウチも慈善事業やるほどの余裕はないんでね」
「…はい」
頬を赤く染めて、ナヴィが頷いた。金もなく、寄る辺もない自分に抗う術はないように思えた。彼らの世話…僕にできるだろうか。不安に思いながらこちらに注目している男娼たちへチラリと視線をやると、ナヴィは不遜な態度でまた部屋へ戻っていくブッタリカの大きな背中を見つめた。
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