アストラウル戦記

 アストリィで王宮や町の様子を探ってからダッタン市に戻ってきたナッツ=マーラは、ゲリラを支援している民間人と連絡を取り、ガスクたちのいる隠れ家へ向かった。軍兵に尾行されていないかどうか確認してから路地に入り、ナッツ=マーラは窓から外を見張っている男に頷いてから小さな普通の家のドアを開けた。
「おい、襲われたってホントか! みんな無事なのか!」
 ナッツ=マーラが大声で言うと、中にいたカイドが気づいてナッツ=マーラが戻ってきたと奥へ声をかけた。ガチャリとドアが開いて、現れたグウィナンが疲れたような表情でナッツ=マーラを見た。
「俺たちは無事だが、メイリーとドナが死んだ」
「嘘だろ…何で」
 ナッツ=マーラが呆然と尋ね返すと、グウィナンは襲撃された時の様子を詳しく話した。それで、ガスクは? 焦ったようにナッツ=マーラが言うと、グウィナンは黙って奥のドアを指差した。
「今は寝てる。さっきまで大変だったんだ」
「何で」
「ガスクとあいつが連れてきた『貴族さま』が、リーチャを助けにいくと言って聞かなくて、一晩中説得してた。リーチャの様子は面の割れてないビッツィに見にいかせたよ」
「貴族さまって…オルスナの?」
「そうだ。とてもオルスナ人には見えないがな」
 グウィナンが言うと、ナッツ=マーラは部屋のドアをそっと開けて中を覗き込んだ。ベッドの下にうずくまるようにガスクが、そのベッドの上には小柄な男が眠っていた。あれか。ナッツ=マーラが囁くと、グウィナンは頷きカイドの作った鍋一杯のスープをコップに入れて答えた。
「ガキが二人に増えて、押さえるのだけで手一杯だ。帰ってきてくれて助かった。ガスクにはもっと大人になってもらわなきゃ、あっという間に死んじまう」
「ジンカの息子だからな。無茶が基本レベル」
 呆れたように答えて、ナッツ=マーラは着ていたマントを脱いで壁にかけた。お前の方はどうだった。熱いスープを飲んでグウィナンが尋ねると、ナッツ=マーラは向かいの椅子に座ってテーブルの上のパンに手を伸ばした。
「フィルベント王子が死んだのは本当だった。王や王妃の代わりに、王太子が率先して葬儀の準備を進めているようだ。王が病気で死にかけているというのも、本当らしい」
「そうか…機に乗じて攻め込もうと言ってる奴がほとんどで、ガスクがもう少し待てと説得して回ってたんだ。お前はどう思う。今なら勝機はあるか」
 グウィナンがテーブルに肘をついて尋ねると、ナッツ=マーラはふんと鼻を鳴らして答えた。
「あの強かな王太子が、弟がくたばったぐらいで落ち込んだりするかよ。王立軍長のハイヴェルも同じさ。アストリィは葬儀ムードに包まれているが、警備はいつもより固いぐらいだしな」
「そうか…」
 目を伏せて、グウィナンが呟いた。いつもはお前の方が止める立場なのに、お前は攻め込むことに賛成なのか? ナッツ=マーラがからかうように言うと、グウィナンはいや…と言葉を濁した。
「残念だな。王子が死んだから、恩赦で捕まった奴らが戻ってくるんじゃないかと噂していたのに、そんな様子もないしな。もう誰かが死ぬのを見るのは嫌だよ」
 横で話を聞いていたカイドが口を挟んだ。みんな、疲れてんだよ。そう言って、カイドは立ち上がってナッツ=マーラのためにスープをコップに注いだ。みんな疲れている、か。目を伏せて、ナッツ=マーラはグウィナンを見つめた。
「もし『貴族さま』が実力者の息子なら人質に取って身代金でもせしめてやろうと思ってたけど、誰かが失踪したという話も一度も聞かなかったな。本当に貴族なのか?」
 テーブルに肘をついてパンを千切ると、それを口に放り込んでナッツ=マーラは大きなため息をついた。第四王子である可能性を話してみた方がいいのか、それとももう少し様子を見た方がいいのか。ナッツ=マーラの表情を伺うように見ながら、グウィナンはコップを取り上げた。

(c)渡辺キリ