見せしめのためかあれから数日たっても、指名のない客は全てリーチャに回されていた。疲労のために食事もろくに取れずにぐったりとベッドに寝転んだまま、リーチャは染みのついた天井を見上げた。
いつかこんなクソ溜めから逃げ出して、グステ村へ戻って両親を殺そうと思っていた。何度も何度も抜け出して、その度にダッタン市すらも出られずに捕まった。ムチで打たれ、食事を抜かれ、ボロボロになって全てを諦めた頃、ガスクが現れた。
初めはこの男を食い尽くしてやろうと思った。
俺が親への恨みを吐き続ければ金を届けてくれる。そう思った。
「…う」
きしむ痛みに顔をしかめて、リーチャは肘をついてベッドの上で起き上がった。ムチで何度も打たれた背中が、麻痺して熱を持っていた。この涙は痛みと熱のせいだ。痛みのせいなんだ。
みじめな自分を認めたら、もう全てが終わるような気がして。
考えて、リーチャは口元から歪んだ笑みをもらした。終わる? 始まってすらいないのに。
「リーチャ、起きてる…?」
ふいにドアの外でアニタの声がした。リーチャが部屋のドアを開けると、アニタは少し顔をしかめていた。具合悪いのか? リーチャが尋ねると、アニタは顔色の悪さを隠すように笑ってみせた。
「何でもないよ。ちょっと悪いもんでも食べたみたいで、腹が痛いだけさ」
「大丈夫かよ」
「平気。それより、ブッタリカさんが客だって言ってんだけど…あんたこそ大丈夫かい」
リーチャの様子を窺うと、アニタは心配そうに尋ねた。あれぐらい何ともないよ。リーチャが笑って答えると、アニタは振り向いて待たせていた男を呼んだ。
「あんたは…」
その冷たい視線に見覚えがあった。夕べナヴィを襲い、リーチャを娼館まで送るよう命じた王立軍の男だった。リーチャが警戒して後ずさると、男は立ったままリーチャを威圧するように見下ろした。
「それじゃ。無理するんじゃないよ」
リーチャに小声で告げると、アニタは自室へ戻っていった。リーチャがドアを開け放すと、男は部屋に入ってはめていた手袋を脱いだ。
「お前はガスクと同郷の仲間らしいな。館の主が話していたが」
「…ガスクやナヴィの居場所なら、俺は知らない」
ベッドに戻って表情を強張らせてリーチャが言うと、男は脇に座ってリーチャの裸足の足をつかんだ。その目はリーチャ目当てに来る他の客とは違って、欲望もなく冷めきっていた。戸惑うように瞳を揺らしてリーチャが男を見上げると、男は足首をつかんだ手に力を込めた。
「お前が夕べ、ファルソが襲撃されていることを知ってやって来たということは、ここにファルソと自由に連絡を取れる者がいるということだな」
「…」
リーチャが黙り込んだまま男を見上げると、男は不敵な笑みを浮かべた。
「調べればすぐに分かることだ。あの館の主を締め上げるか、金をやると言った方が早そうだな。ゲリラの首領と連絡を取り合っていると知れれば、死刑は間違いないだろうが、お前が代わりにファルソの居所を教えるなら、見逃してやってもいいぞ」
「…汚え。俺がそんな脅しでガスクを売るとでも思ってんのかよ」
リーチャが言葉を絞り出すように呟くと、男は立て膝をついてリーチャの頭をつかみ、ベッドに強く押しつけた。
「お前らはいっつもそうだ! 殴って脅せば、俺たちが言うこと聞くと思ってる。めちゃくちゃにして踏みにじって上から見てせせら笑って、でも俺たちにだって誇りはあるんだよ! ガスクは俺たちの誇りを守るために戦ってるんだ!」
押さえつけられて、リーチャは叫んだ。暴れるリーチャの手首をつかむと、膝を割って男はリーチャの顔を覗き込んだ。
「夕べも言ったが、私はファルソには興味がない。ファルソと共にいたアストラウル人の居所を探しているだけだ。いいか、お前がファルソの居所を教えるか、アストラウル人をここへ呼び出すか、潔く死ぬか、選べるのはその三つだけだ」
「ぐ…」
首元を押さえつけられて、息苦しさに真っ赤になってリーチャが男を見上げた。
こいつは俺一人殺すことなんて…俺だけじゃない、ガスクと繋ぎを取っているナザナも殺すことだって何とも思っていない。
ナヴィ。
ほんの少しの間だけど、友達みたいに一緒に何かを話しては笑い合ったナヴィ。
驚くほど優しくて、弱そうなのに本当は強くて、弱いくせにずっと強がっている俺とは正反対の、ナヴィ。
ガスクが守るようにナヴィを抱いて初めて娼館を訪れた時のことを思い出して、リーチャは胸にわき起こるどす黒い感情に息を殺した。あんなガスクを見たことがなかった。俺にすら見せたことのない顔を。
男の無骨な手に爪を立て、リーチャは潤んだ目で男を見上げた。ガスクの居所、本当に知らないんだ。リーチャが弱々しげに囁くと、男は手を緩めた。
「でも、ナヴィを呼ぶことはできるかも…」
男が怪訝そうにリーチャを見ると、リーチャは息を乱して本当だよと呟いた。そいつにも、ガスクにも手を出さないって約束してくれるか。リーチャが尋ねると、男はリーチャの顔を覗き込んだ。
ふいに首筋から胸にかけて手でなでさすられて、リーチャが眉をひそめた。男の顔を見上げると、男の表情はさっきと同じ冷ややかなままだった。感覚がなくなるほど色んな男に何度もイかせられた体は、ほんの少しの刺激で熱を帯びた。
ずっと考えていたガスクへの気持ちが、それに拍車をかけた。
「どこに…知らせたらいい? あんた名前は…?」
太ももを抱えられ、リーチャが小さな声で尋ねた。男はその唇を自分の唇で塞ぎ、舌を伸ばした。口の中を大胆に舐め回されてリーチャが熱い息を吐くと、男はリーチャの耳元で囁いた。
「いつもはここの斜め向かいの宿に部屋を取っている。ナヴィが来たら、グンナにと言って宿の主人に白いメモを渡せ。何も書かなくてもいい」
股間を摺りつけられ、リーチャが鼻にかかった声を上げた。首筋に腕を回して本当にガスクは大丈夫なんだねともう一度尋ねると、リーチャはグンナを引き寄せてその顔を覗き込んだ。
「あんた、目は冷たいのに体は熱いんだね…」
リーチャの言葉に、グンナはそうか…と気のない返事をしてリーチャの浅黒い首筋に舌を這わせた。呼吸を荒げながら、リーチャはグンナの額に軽く口づけた。
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