数時間前、日がようやく暮れはじめた頃。
馬を飛ばしてきたアサガとローレンがダッタン市に入る寸前、ダッタン市にいるローレンの地下私設軍の伝令に捕まった。すぐそこにエウリルがいると思うと気が急いて、伝令のことなど無視して行ってしまいたかった。今は地下私設軍を統率するローレンにそう進言する訳にも行かず、アサガは黙ったままローレンが伝令と話し終わるのを離れた所で待っていた。
こうしている間にも、エウリルさまが死んでしまうかもしれない。
考えられない。第二王妃の子息とはいえ王子が王立軍に殺されるなど。イライラと手綱を持ちかえるアサガの気分が伝わったのか、馬も足踏みをしたりどこか落ち着かなかった。アサガがしびれを切らして先に行こうかと考えはじめた頃、伝令が離れてローレンが馬に乗ったままこちらに近づいてきた。
「アサガ、私はすぐにプティ市へ行かねばならない」
驚いてアサガがローレンを見上げると、ローレンは頷いてアサガに伝令が持っていた剣を渡した。
「アサガ、君はこれから私設軍二名と落ち合い、エウリルを助け出しプティまで連れてきてほしい。頼めるだろうか」
「命じて下さい、ローレンさま。仰せのままに」
一瞬迷って、アサガが答えた。アサガの言葉を聞いたローレンが、ホッとしたように頷いた。仕方がない。ローレンさまがやろうとしていることは、僕が考えるよりももっとずっと大きなことなのだから。アサガが目を伏せると、無理はしないでくれと言ってローレンはアサガをジッと見つめた。
そのまま言われた通りに観光客を装いダッタン市へ入ると、ローレンの協力者だというダッタン市のアストラウル人の家へ身を寄せて、アサガは一人耐えるように援護の者が来るのを待っていた。エンナさま、どうかエウリルさまをお守り下さい。剣の柄に額を押しつけて祈るアサガの元へローレンの私設軍の兵士が二人辿り着いたのは、もう月が高く昇りつつある頃だった。
「私たちは以前からローレンさまの屋敷に出入りさせていただき、ローレンさまが王宮を離れて平民を率い立ち上がられるのを待っていた者です」
「事情は伝令から聞いています。必ずエウリル王子を助け出せと。私たちはあなたの命に従うようローレンさまに言われています」
二人の言葉に、胸が熱くなってアサガは黙ったまま手のひらで目を押さえた。トアル、ネリフィオと名乗った二人と共に目立つ馬を置いてダッタン市の南部へ向かうと、まだアストラウル人の居住区だというのに、スーバルン人の住む下町で本格的なゲリラ壊滅作戦が行われているという噂が立っていた。
元々平民でプティ市周辺で記者をしていたというトアルは、ダッタン市出身のネリフィオと共に効率よく『ナヴィ』や『ブッタリカの娼館』の噂を聞き込んだ。三人が更に南へ向かうと、慌てたように逃げてくるスーバルン人の集団とすれ違った。
「いつもならアストラウル人がいるだけで揶揄されるような所なのに、今日はそれ所じゃないようだな」
ネリフィオが言うと、アサガは唇をかんで剣の柄に手をかけた。
「トアル、ネリフィオ、僕と三人で固まってアストラウル王立軍小隊を突破します。途中、エウリルさまの名は絶対に出さないで下さい。もしはぐれたら、あなたたちと落ち合った民家で明日の夜、月が落ちて見えなくなるまで待ちます。いいですか」
「分かりました」
トアルとネリフィオが同時に答えた。行きましょう。一際背の低いアサガが二人を見上げると、二人は頷きアサガを守るように挟んで歩き出した。徐々に騒音が大きくなって、わああと上がった声にアサガが走り出した。二人が後を追うと、角を曲がった所で十名を越える武装兵士がゲリラと混戦しているのが見えた。
これまで話に聞いていただけでは実感できなかった状況が、一目で飛び込んできた。あの中にエウリルさまが…本来、王や王子たちを守るべき王立軍が、エウリルさまを殺そうとしている。考えると頭に血が上って、アサガは走りながら剣を鞘から抜いて怒鳴った。
「指令とはいえ、お前たち、恥を知れ!」
一番外側にいた若い兵士が振り向いた。カアッと熱くなったアサガの右の目がそれを捉えた。オルスナの剣の型を知らない若い兵士がアサガの構えに躊躇した瞬間、アサガの剣が兵士の体を切り裂いた。
|