アストラウル戦記

「アサガ! アサガーッ!」
 ナヴィの声が空気を切り裂くように響いた。ナヴィを追ってきたナッツ=マーラが後ろからナヴィの手をつかんで引いた。逃げられない。グンナの兵が襲ってくるのを見て、ガスクが剣を抱えて駆け出した。ガスク!とグウィナンの声が響いた。
「誰だ! 誰かが応戦している! 味方か!?」
 ナヴィの隣で剣を振るうナッツ=マーラに、ガスクが怒鳴った。アスティだ!とナッツ=マーラが怒鳴り返した。三人に気づいた他のゲリラたちが、ガスクを守ろうと引き返したために、その場はもみ合うような混戦状態となった。
「引くな! 今日こそ罪人を捕らえるんだ!」
 グンナの声に、ナヴィがクッと眉を寄せて軍兵の剣を細身の剣で懸命に押し返した。僕は罪人じゃない。
「僕は、罪人なんかじゃない!」
「蹴散らせ! 二時の方向へ一点突破しろ!」
 ナヴィの声にガスクの声が合わさり、それは闇に大きく強くこだました。振り向いたナヴィがガスクを見ると、ガスクは血の流れる肩の傷を忘れたかのように剣を振っていた。ガスクの言葉に従いゲリラが軍兵たちを押しはじめた。それまでギリギリ堪えていた王立軍が、ゲリラとアサガたち両方から攻められ徐々に隊形を乱しはじめた。
 ふいに人垣が崩れた。
 返り血を浴びているせいで、ほんの少しの間しか離れていなかったはずなのに、互いに誰と分からなかった。雲から月が出て、辺りがサアッと急に明るくなった。アサガ。ナヴィの唇から声がもれて、そばにいたガスクがナヴィの視線の先を見て目を見開いた。
「エ…」
 名を呼びかけて口をつぐむと、アサガが真っ赤になってナヴィに向かって手を伸ばした。身を低くして駆け出したナヴィの背中が消えてしまいそうな気がして、ガスクが一歩踏み出そうとすると、それまで聞こえなかった騒音が耳に戻って後ろからグイと腕をつかまれた。
「グウィナン…」
「放っておけ。あれは、アスティなんだ」
 グウィナンが鋭い目でガスクを見つめていた。口をつぐんだまま答えられずにガスクが振り向くと、ナヴィがアサガを抱きしめていた。それはすぐに軍兵やゲリラたちに阻まれて見えなくなった。
 そうだ、そのために俺はあいつをここへ連れてきたんじゃないのか。
 あいつを安全な所へ逃がすために。
「散開させろ、ガスク! こいつら引かねえぞ!」
 少し離れた所で応戦していたナッツ=マーラが怒鳴った。その声で我に返ると、ガスクは目の前の軍兵の剣を薙ぎ払ってから援護している間に引け!と仲間に向かって声を張り上げた。

(c)渡辺キリ