ナヴィを呼び出す。
それをどうナザナに話すか。ぼんやりと窓の外を見ながら、リーチャは足を組んで窓枠に頬杖をついた。何か口実はないか。
グンナはあれから一度も娼館に現れていなかった。本当にあそこにいるんだろうか。身を寄せていると言っていた古宿の窓を眺めると、リーチャは目を閉じてグンナを思い出した。
グンナの体はその冷たい表情とは裏腹に、熱く強引にリーチャの中へ割り込んできた。その熱に浮かされるように、何度もリーチャは声を上げ涙をにじませた。執拗にナヴィを追うのも、任務以外に何か理由があるのかもしれない。そう思わせる暗い情熱をグンナに感じた。
ナヴィを渡せば、あんなガスクを二度と見ずに済む。
ナヴィを助けようと、危険も顧みず飛び出してくるガスクを。
ふいに人が呻くような大きな音がして、リーチャは身を起こした。いつもの猥雑さとは違う雰囲気にリーチャが部屋を出ると、隣の部屋のドアが開き、真っ青な顔色のナザナが出てきてリーチャを見上げた。
「リーチャ! 姉ちゃんが!」
「アニタが? 何…」
嫌な予感がして、リーチャがナザナをどけさせてアニタの部屋を覗いた。そこにはベッドの上で脂汗をかきながら腹を押さえるアニタの姿があった。アニタ! 驚いてリーチャが駆け寄ると、アニタは呻きながら顔をしかめてリーチャを見上げた。
「だ…大丈夫だよ。ちょっと腹が…」
「それが大丈夫って顔かよ!」
そばにひざまずいたリーチャの言葉にも答えられず、アニタはベッドの上でうずくまった。
医者を。いや、医者なんか呼んだって払う金がない。
でも、この様子はただの腹痛じゃない。
「俺、どうすれば」
おろおろしながらナザナが尋ねた。
アニタの呻き声が聞こえたのか、他の男娼や娼婦たちが集まって何事かと部屋を覗いた。ブッタリカを呼んできてくれ。そう言いかけて、リーチャはナザナを見つめた。
「リーチャ?」
緊張で強張った表情のナザナに呼ばれ、リーチャは弾かれたようにアニタを見た。俺、何考えてるんだ。この状況を利用してナヴィを呼び出そうなんて。
「リ…チャ、いいから…ほっとけば、治るから」
アニタの手がリーチャの腕をつかんだ。
その手をつかみ返すと、目を伏せたままリーチャは口を開いた。
「…ナザナ、ナヴィを呼んできてくれ。今、ガスクたちと一緒にいるはずだ」
「え、ナヴィ?」
呆気にとられてナザナが尋ね返すと、リーチャは立ち上がって振り向いた。
「ナヴィは医者を呼べるだけの金持ってんだろ! 物知りだからひょっとしたら手当の仕方も知ってるかも…俺たちじゃどうにもできないよ。馬借りて行ってこい! 俺はその間に、診てくれそうな医者探してくるから!」
リーチャが怒鳴ると、ナザナは頷いて部屋を出ていった。みんなも部屋に帰ってくれ! そう言って他の男娼たちを追い散らすと、リーチャは自室へ戻って古いマントを取り上げた。
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