その日は朝から慌ただしかった。
いつまでも寺院の好意に甘えられないと、ゲリラたちは目立たないよう少しずつ分かれ、数日かけて自分達のアジトへ戻っていった。ガスクを含めた三人は、聖堂で黙ったままプティ市警団の使者が来るのを待っていた。
話し合いは平行線だった。寺院にいたゲリラたちの間でも、グウィナンにつくのかガスクにつくのか意見が分かれているようだった。ゲリラに参加しているのは肉親をアストラウル兵に殺されたものばかりで、特に親兄弟を亡くしたものはガスクの提案にやりきれない不満をもらしていた。
「妹や父さんを殺された恨みは消えないけど、やっぱりガスクについていくよ。ガスクがいるからゲリラに参加したんだし、お前やナザナみたいなヤツを知ってるからな」
アジトへ戻る前、寺院の裏口で護身用の小降りの剣を腰に差しながらカイドが言った。その言葉を聞くだけで涙をにじませているナヴィを見て、カイドは笑った。
「もう会えないかもな。お前はあのアスティたちとプティへ行くんだろ。お前とは戦いたくないけど、それが運命ならしょうがないな…」
「僕は君たちとは絶対に剣を交えない。僕の神に誓うよ」
ナヴィが言うと、カイドはナヴィの手をギュッと握りしめた。
ガスクやナッツ=マーラはほとんど寝ずにグウィナンの説得を続けているらしかった。光の差し込む聖堂には、朝の礼拝に訪れたスーバルン人たちが次々と敬虔な祈りを捧げていた。その様子を二階の吹き抜けから眺めていたナヴィのそばに、同じようにアサガが座り込んで言った。
「エウリルさま、何を考えていらっしゃるんですか」
隣に座ったアサガを見ると、ナヴィは笑みを浮かべた。
アサガといると、まるで以前の王宮にいた頃に戻ったような気がする。
黙ったまま、ナヴィは廊下の柵をつかんで下を覗き込んだ。吹き抜けの下にはスーバルン人たちが、窓から差し込む光の中で一心に祈りを捧げていた。しばらくそれを二人で眺めていると、ふいにアサガが小さな声で囁いた。
「エウリルさま…どうしてここに留まろうとするのです? プティではローレンさまがあなたの到着を待っているんですよ」
アサガの横顔は、眼帯に目を覆われて表情が見えなかった。その白い肌を見つめると、ナヴィは答えた。
「王宮を出てから僕を助けてくれた人は、みんなスーバルン人だった。でも、僕は王宮にいた頃、彼らが僕と同じ世界で同じように生きていると考えたことがなかった。僕がもしほんの少しでも王子としての責任を果たしていれば、彼らは…リーチャは死なずに済んでいたのかもしれない。僕は彼らにまだ何も返すことができていないんだ」
「エウリルさま…それは考え過ぎです。あなたはローレンさまやアントニアさまとは立場も年齢も違う。これから国政に携わる準備を重ねていたのですから、あなたが責任を感じる必要はありません」
アサガがひそひそと言い募ると、その言葉を聞きながらナヴィは目を伏せた。胸元に下がるリーチャの骨の入った袋を服の上から押さえた。
リーチャ、君はいつかあの娼館を出たいと言っていた。
もう遅すぎるけれど、せめてそれを叶えてやりたい。
「もう少しだけ、見届けさせてほしい」
ナヴィが呟くと、アサガは目を伏せて黙り込んだ。主人である王子エウリルに従わなければならない自分の立場と、一刻も早く危険なこの場所から引き離したい感情が心の中でせめぎあっていた。とにかく旅の準備をしているトアルとネリフィオが戻るまで待つしかない。それまでは僕がエウリルさまをお守りするしか。考えながらアサガがナヴィを見ると、ナヴィは小さく笑みを返した。
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