アストラウル戦記

「だから、アスティとの共闘はあり得ない。何度もそう言ったはずだ」
 寺院の一室でグウィナンの声が響いた。ベッドにはナッツ=マーラが、窓枠にはガスクがもたれてグウィナンをジッと見つめていた。戸口の椅子を二人へ向けてそこに座っていたグウィナンは、深いため息をついて首を横に振った。
「そんなこと、ジンカが許さない。俺たちの戦いは、同志たちの死は一体何だったんだ。ガスク…お前はあのアスティに惑わされているんだ。あいつだって」
 そこで言葉を切ると、静かに言葉を聞いているガスクを見上げてグウィナンは続けた。
「あいつだって、ここから離れれば俺たちのことはすぐに忘れる。プティ市警団だって、俺たちのことを手駒の一つぐらいにしか思っていない。結局、利用されて捨てられるだけだ」
「利用するだけの価値があるなら上等じゃないか。グウィナン、利用すればいいって俺は思ってる。その代わり、俺たちだってあいつらの力を利用すればいい」
 ナッツ=マーラが熱っぽく言うと、グウィナンは黙り込んだ。しばらく三人で互いの腹を探りあうように黙ると、ガスクがグウィナンを見て口を開いた。
「ナヴィが俺を忘れるのなら、それでもいい。俺はあいつから、アスティにもスーバルン人のために何かしてくれる奴がいることを教わった。俺は今までずっと、アスティと戦うことだけが自由を勝ち取る方法と思ってた。でも、信頼できるアスティを見つけることが本当は必要だったんじゃないか」
「ガスク」
「グウィナンの言っていることも分かる。ジンカなら許さないだろう。でも、俺はジンカとは違う。もし仲間が死なずに済むのなら、俺はアスティと共に戦うという選択を受け入れたい」
 話にならない。立ち上がってグウィナンは部屋のドアを開けた。考えてくれ。ナッツ=マーラが声をかけると、グウィナンはそれには答えずに部屋を出ていった。
 外はいい天気で、日差しが窓から入り込んで床を照らしていた。ため息をついて窓を開けると、大きく息を吸ってガスクは振り向いた。
「ナラン、俺は間違ってるか」
 子供の頃の呼び名でそう呼んで、ガスクはナッツ=マーラを見つめた。
「お前が間違ってるなら、俺も間違ってるよ。ガスク」
 苦笑しながらナッツ=マーラが答えると、ガスクも苦笑いで返した。
「腹減った。メシ食おうぜ。使者が来た時に腹がグーグー鳴ってたんじゃ、スーバルン人はメシも食えないド赤貧だと思われちまう」
 ナッツ=マーラがそう言って開きかけたドアノブをつかむと、大きなトレイを持ってそこに立っていたナヴィがビクッと肩をすくめた。お前、いつからここにいたんだ。ナッツ=マーラが尋ねると、ナヴィはしどろもどろに答えた。
「今。あの、僧侶さまが食事をと」
 トレイにはスープとパン、それに少しの野菜が乗っていた。そうか、ありがとう。ナッツ=マーラがトレイを受け取ると、ナヴィは少し目を伏せてからナッツ=マーラを見上げた。
「さっきグウィナンを見かけたけど」
「ああ、話し合いは決別だ。お前も中で一緒に食うか」
「いい。さっきアサガといただいたから…グウィナンを止めなくていいのか?」
 ナヴィが尋ねると、ナッツ=マーラとガスクは視線を合わせた。少し頭を冷やしてからもう一度話した方がいい。ガスクが言うと、ナヴィは眉をひそめた。
「寺院から出ていったんだよ」
「え?」
 驚いてガスクが窓の外を見ると、外はいつもと同じようにスーバルン人たちが行き交っていた。本当か、ナヴィ。ガスクが尋ねると、ナヴィは頷いた。
「どこに行くんだって聞いたけど、黙って行ってしまったんだ」
 ナヴィの言葉に、ナッツ=マーラが部屋を飛び出した。ナヴィが僕も行く!とそれを追いかけようとした。階段を降りようとして振り向くと、ナッツ=マーラはガスクとナヴィを見て軽く笑ってみせた。
「何人か連れていくから大丈夫だ。もうすぐプティの使者も来る。お前たちはそいつらを迎えて話を聞いてくれ。グウィナンも、ただの見回りかもしれないだろ」
 それだけ早口で言うと、ナッツ=マーラは二段飛ばしで階段を駆け降りていった。その足音は高い寺院の天井に大きく響いた。嫌な予感がしてナヴィが胸元をつかむと、ガスクは低い声で大丈夫だと言ってナヴィの肩をポンと叩いた。
「あいつが俺たちに黙って遠くへ行くはずがない。ナッツ=マーラがすぐ見つけて戻ってくる」
 心配げにガスクを見上げたナヴィに、ガスクは頷いた。ふいに階下が騒がしくなって、見張りをしていた同志の一人が階段を駆け上がってきて、ガスクにプティからの使者が来たことを告げた。行こう。そう言ってナヴィの背を軽く叩くと、ガスクは先に歩き出した。

(c)渡辺キリ