アストラウル戦記

 プティ市警団からの使者は一人増えていて、背と鼻の高いその男は後から遅れて着いたのだと説明してにこりと笑った。
「改めて返事を伺おう。我らのリーダーと席を同じくするつもりがそちらにあるのかどうか。我々は人種の隔たりにはこだわらない。君たちスーバルン人と同じく現在の政権を担う王宮を排し、国民による共和制を目指している」
 聖堂にある僧侶が講和をする背の高いテーブルの前で男が真っすぐにガスクを見つめると、ガスクは少し黙り込んで男の顔を探るように見つめ返した。どうやら市警団の中でも、この男は上層部にいるようだ。考えながら言葉を慎重に選ぶと、ガスクは答えた。
「お前たちと共に戦えるかどうかは、まずお前たちのリーダーと直接話してからだ。使者では決断を下せない。話し合いの席を持つことには賛同できるが」
「大変結構。申し訳ないが、あなたにはプティまでご足労願いたい。会わせたい方がいるのでね」
 にこやかに言った使者に、ガスクの隣にいた同志の一人が待ってくれと遮った。
「なぜそっちが来ない。望んでいるのはお前らの方だろう」
「筋を通すべきなのは分かっているが、ダッタンは物騒だ。君たちも常にアストラウル軍の襲撃を警戒している状態だろう。そちらがプティへ来る方が、じっくりと話し合うことができる」
 背の高い使者が言うと、周りにいたスーバルン人たちが笑い声を上げた。プティの高級住宅地に住んでるアスティは、ダッタンが恐くて来られないとさ。がっしりとした体格のスーバルン人が揶揄すると、使者はにこやかな表情を崩さずに答えた。
「耐えることに慣れた君たちには敬服する。だが、プティには君たちのリーダーにぜひ会わせたい方もいる。彼らは君たちに力を貸してくれるはずだ。知り合って損はないだろう」
 使者が言うと、揶揄したスーバルン人は笑みを消して黙り込んだ。舐めてかかると飲まれそうだ。静かに使者の表情を見つめると、ガスクは考えを巡らせた。
「知り合って損はないというのは、分かりやすいな。俺が行こう。お前たちのリーダーにはそう伝えてくれ」
 ガスクの言葉に、周りにいたスーバルン人たちの殺気が消えた。それでは我々と共に出発を。使者の言葉に頷くと、ガスクは改めて知らせをやろうと答えた。
 使者たちが見張りのスーバルン人数人に囲まれながら寺院を出ようとすると、その壁際で静かに話を聞いていたナヴィが視線を上げた。おや、という風に眉を上げると、さっきまでガスクと話していた使者はナヴィを見て言った。
「こんな所にアストラウル人が?」
 痩せて線の細いナヴィが無骨なスーバルン人たちの中にいるのは、そこだけが切り取られた絵のように違和感があった。ナヴィ、こっちに来い。ガスクのそばにいたスーバルン人が険しい表情で言うと、ナヴィは使者から視線を外さずにガスクに近づいた。
「まさか、スーバルンゲリラのリーダーのお小姓がこんな美しい青年だなんて、思いもしなかったな」
 おかしそうに笑みを浮かべて使者が言うと、ナヴィはスーバルン人たちの前に立って口を開いた。
「ガスクは僕の友人だ。友人を侮辱することは許さない」
 凛としたナヴィの声が聖堂に響いた。ずっとざわついていたその場が静まり返った。一瞬、張りつめた空気が漂って、プティからの使者はジッとスーバルン人たちの様子を見つめてからまた笑みを浮かべた。
「冗談だ。すまない。君たちの誇りを傷つけたのなら謝るよ」
 そう言って、使者はまた使いをやってくれと告げてから正面から出ていった。それについて他の二人の使者も出ていくと、スーバルン人たちはホッと息を吐いて緊張を解いた。
「ナヴィ、お前ホントにアスティか? アスティがスーバルン人を友人だなんて言ってるとこ、聞いたことねえぜ」
「な、あいつらも何か面食らっちゃってさ。入ってきた時からこっちを見下すみたいな態度でムカついたけど、お前のおかげでせいせいしたよ」
 これまでほとんど話したことのなかったスーバルン人たちからも口々に言われて、ナヴィはしどろもどろになって周りを見回した。今のであいつらも気づいたろう。ガスクが言うと、そこにいたみながガスクを見た。
「俺たちとアスティは対等だということにな。これから先、その意識が向こうにあるのとないのとじゃ随分違う」
「でもガスク、今のヤツらはただの使者だろ。あいつらがそう思ってもさ」
「いや、今話していた背の高い男は、市警団の中でも恐らくかなり上の方にいるヤツだろう。俺たちの様子を直接見るために、使者のふりをして来たんじゃないか」
 ガスクが言うと、スーバルン人たちは驚いたように使者が出ていった正面入り口を見た。希望もあるかもしれないが、まだ不安も拭いきれない。油断すれば飲まれるかもしれない。考えているガスクの隣で、ナヴィがガスクの太い腕を軽く握った。目を合わせると、軽く頷いた。
 そうだ、俺は。
 もう進み出すことに決めたんだ。生き延びるため、誰も死なせないために。

(c)渡辺キリ