見張りと留守番を兼ねた仲間の数人が寺院に残り、日が暮れた頃、ガスクと残りのスーバルン人はナヴィたちに何も告げずにグウィナンを探しに出かけていった。その様子を窓から眺めていたアサガは、ふいに振り向いて静かに夕食を摂るナヴィを見た。
プティからの使者とスーバルン人たちとの話を、聖堂を見渡せる二階の吹き抜けから聞いていた。使者たちを前に、ナヴィがスーバルン人たちを支持するような発言をしたことも。
「アサガ、お前も食べなさい。あまり食べていないだろう」
ふいにナヴィに言われて、アサガは自分がぼんやりとナヴィを見つめていたことに気づいた。エウリルさま。アサガが呼ぶと、ナヴィは目を伏せて静かに答えた。
「ここではナヴィって呼んでくれ。彼らには話してないんだ」
「ナヴィとはラバスの土着の神の名をもじったものです。スーバルン人にはよくつけられる名ですが、そのような名でエウリルさまを呼ぶなど神がお許しになりません」
アサガが眉をひそめて答えると、ナヴィは小さく息をついてスプーンを空になったスープ皿に置いた。
「呼ぶんだ」
ナヴィが強く重ねて言うと、アサガはナヴィがいるテーブルの前に椅子を引きずってきてそこに座った。
「エウリルさま、もうおよしになって下さい。ローレンさまがきっと心配しておられます。ローレンさまとあのスーバルン人のリーダーと、どちらが大切だとお思いですか」
「僕はローレンのことも大切な兄だと思っている。でも、今は例え何の力にもなれないとしてもガスクたちを放って行くことはできない。何度言わせるんだ」
「彼らだって、エウリルさまに期待はしていません。ここでいなくなったとしても、誰も困りませんよ」
アサガが言うと、ナヴィは黙ったまま立ち上がった。食器をガチャガチャと不器用そうに重ねると、それをトレイに乗せてナヴィは部屋を出ていった。何だ。何が気に障ったんだ。驚いてアサガがナヴィについていこうと部屋のドアを開けると、見張りの一人が階段を上がってきてアサガに声をかけた。
「おい、そこの。お前の知り合いとかいうアスティが来てんぞ」
虚勢を張るように言ったスーバルン人の少年に、アサガはムッとして、それから分かったと答えた。トアルもネリフィオも遅いんだよ。ムカムカしながらアサガが階段を二、三歩降りると、スーバルン人の少年がアサガを見て言った。
「お前、ナヴィを連れてくのか」
「…? なぜ」
アサガが尋ね返すと、少年は警戒心を残しながらアサガを真っすぐに見つめて答えた。
「ナヴィに護身術を教えてもらう約束したんだ。体が小さい内は特に役に立つからってな。お前らに勝手に連れていかれちゃ、俺だけじゃなくガスクだって困んだよ。死にかけてたあいつを助けてやったのはガスクなんだからな」
その声や表情には、苛立ちやほんの少しの怒りが含まれていた。そんなことは僕の知ったことじゃない。僕はただあの方をプティへ連れていくだけだ。そう言いかけると、アサガは言い返さずに黙ったまま階段を駆け降りた。
エウリルさまは、本当に存在するのか。
ここにいるのは、死にかけたところをガスク=ファルソに拾われた『ナヴィ』という名のただのアストラウル人じゃないのか。
階段を降りていつもの聖堂へ出ると、正面玄関で武装したスーバルン人が振り向いた。その向こうにはトアルが立っていて、アサガはホッとしたように彼らに近づいた。
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