アストラウル戦記

 フィルベントの死は王妃が見取ったと聞いた。
 王妃はエンナやエウリルを憎んでいた。フィルベントから俺がエンナを殺したと聞いても、王妃は何とも思わないだろう。むしろ、俺を自由にしてエウリルを殺させようとすら考えているかもしれない。
 フリレーテが馬をゆっくりと歩かせてアストリィを出ると、しばらく一本道が続いた。アストリィは王宮が作られた時に整備された都で、整然として美しく、王族や貴族の中でも高位の者が住む白く肌理細やかな石で作られた屋敷が多く並んでいた。反吐が出そうだ。大きく息を吸って胸を張ると、フリレーテは馬の歩みを早めた。
 柔らかな風が、フリレーテの髪を揺らしていた。
 ここからは見えないが、王太子か王妃どちらかの見張りがずっとついてきている。王妃はシャンドランと繋ぎを取りたいと言った。その真意は? シャンドランは俺を利用するためのただの記号か。
 ダッタン市とシャンドランのいるプティ市の分かれ道で、しばらく馬を止めた。貴族の馬車がいくつか行き交って、それを眺めながらフリレーテは路傍の草の上に座って昼食を摂った。自分の置かれている状況を考えるとおかしかった。元は下級役人の息子が、今は王妃から頼まれて国民議会議長の元へ向かっている。
 自分の中のルイカは、時に抑えきれないほど強く膨らんで弾けた。
 時々、息をひそめてルイカが自分を見ているのを感じた。そんなルイカに同情しながら、彼の考える通りに体を貸した。過去も、生まれる前からずっと。
 支配されながら、身を委ねていた。
 幼い頃から神童と呼ばれた知識は全て、生まれる前から持っていたものだ。ルイカの記憶がなければ、きっとただの下級役人の息子として一生を終わらせただろう。
 行こう。王宮の力はもう必要ない。
 パンの最後の一切れを口に入れると、フリレーテは馬に乗った。ゆっくりと旅を楽しむように馬の歩みを進めると、目を伏せて笑みを浮かべた。エウリルを殺したら、オルスナへ行こう。エウリルの首をオルスナ三世に見せたら、ルイカの魂も少しは救われるだろう。ミゲル、あなたも。
 ダッタンへの道は進むほどに人が多くなり、貴族だけでなく荷馬車や徒歩の民衆たちも騒がしく行き交うようになる。ダッタン市の手前で宿を取ると、そこに馬を置いてフリレーテは宿の主人に借りた外を歩く庶民と同じような服に着替え、腰に小降りの剣を指した。
 もうすぐ、終わる。
 宿の部屋から外を見ると、空は青く穏やかに晴れていた。ほんの少しだけそれを眺めると、フリレーテはマントを羽織って部屋のドアを開けた。

(c)渡辺キリ