アサガが我慢しきれずに二度目の直談判に行こうとした頃、ガスクがようやくナヴィを部屋に呼んだ。寺院に数人残っていた他のゲリラたちと談笑していたナヴィが、呼ばれて二階にあるガスクの部屋のドアを開けると、ガスクはベッドに座って旅の支度をしていた。
ガスクが顔を上げると、ナヴィは行くの?と尋ねた。その言葉に黙ったまま頷くと、ガスクは少し緊張したような面持ちで口を開いた。
「ナヴィ、お前にプティまでの警護を頼みたい」
「え?」
思いもしなかったことを言われて、意味が分からずにナヴィはガスクを見つめ返した。座れば。ガスクが脇に置いてあった椅子を指すと、ナヴィはポカンとしたまま椅子に座って身を乗り出した。
「なぜ僕に? あのプティ市警団の人たちと一緒に行くんだろ」
訳が分からないといった口調でナヴィが尋ねると、ガスクは視線を手元に落として小さなナイフを石で研ぎながら答えた。
「プティにはスーバルン人がほとんどいない。プティ市警団の使者たちだけでなくお前とあのアサガとかいう奴も一緒にいてくれれば、より目立ちにくくなるだろ。貴族とその付き人に雇われた護衛ということにすれば、ダッタンからも出やすくなる」
「…それ、本当?」
ふいに疑わしげな声が響いて、ガスクがチラリと視線を向けるとナヴィは不機嫌そうにガスクを見ていた。何で疑うんだ。ガスクが赤くなって尋ねると、ナヴィは椅子の上で膝を抱えて答えた。
「何で? 今までだって、ガスクはいつでも僕を遠ざけようとしてきたじゃない。少なくとも、僕についてきてほしいなんて一度も言ったことなかっただろ。いつも自分勝手に決めて、それに従わなかったら怒ってさ。それなのに急に警護をだなんて言われても、信じられないよ」
「お前な」
「アサガに頼まれた? 僕をプティへやるように」
憮然とした表情でナヴィが言うと、ガスクは言葉を詰まらせた。
「僕はダッタンでナッツ=マーラと一緒にグウィナンを探す」
「ナヴィ」
「命を助けてくれたガスクには感謝してるけど、プティへはまだ行けない。ダッタンで待ってるから」
それだけ言うと、ナヴィは椅子から降りて部屋を出ていった。何考えてんだ、あいつ。頭を抱えて大きくため息をつくと、ガスクは以前、グウィナンが言っていた言葉を思い出した。
あれは素直そうに見えて、結構ガンコだぞ。
連れていくなら寝込みを襲ってグルグル巻きにして、有無を言わさず馬車に乗せればいい。
マジでそうするか。そうしろと、あのアサガとかいうアスティに言うか。口元を押さえて鼻から息を吐き出すと、ガスクは立てた膝に頬杖をついた。
あいつはきっと、リーチャのことを考えてるんだ。
リーチャが死んだこの地で、何か決着をつけないと次へ進めないんだ。あいつはいつも。小さな窓の外を見て、ガスクは立ち上がった。
あいつはいつも、俺を迷わせる。
ホントいいように引きずり回されるな。苦笑していつも使っている革の胸当てを身につけると、ガスクは帯剣をして部屋を出た。俺だって、グウィナンを放ったままプティへ行く訳にはいかない。
仲間を一人でも置き去りにしては、この先へ進めないんだ。
吹き抜けから下を見ると、ナヴィが正面玄関から外に出ようとして見張りに止められていた。危ないから一人で出ちゃ駄目だって。そう言った見張りを見上げて怒ったようにグウィナンを探しにいくんだとナヴィが答えた。ガスクが階段を駆け降りると、そこにいた仲間たちが驚いてガスクを見た。ナヴィが振り向くと、ガスクはナヴィの肩をつかんで見張りに言った。
「俺も行こう。日が暮れたら戻る。ナッツ=マーラが戻ったらそう伝えてくれ」
「でも、ガスク…」
「誰かナヴィに剣を取ってきてやってくれ」
ガスクが言うと、聖堂にいた仲間の一人が駆け出した。ガスク。ナヴィが呼ぶと、ガスクはナヴィを見ずにため息まじりに答えた。
「スッキリさせよう。俺もお前やグウィナンのことを気にしながらプティに行くのは面倒だ」
まだ疑ってんのか。微妙な表情を浮かべたナヴィにガスクがムッとして言うと、ナヴィは日頃の行いが悪いんだよと答えた。ゲリラの仲間の一人が持ってきた小降りの剣を腰に差すと、ナヴィはガスクと共に外へ飛び出した。
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