「兵をダッタンへ派遣した!?」
驚いて思わず声を上げると、ルイゼンは落ち着こうと姿勢を正した。王宮の敷地内にあるハイヴェル卿の軍司令本部室に呼ばれたルイゼンは、父ハイヴェル卿から話を切り出されて心乱していた。
「恐れながら、王子探索の指揮権は私にあったはず。例え父上と言えども勝手に兵を動かされては作戦に乱れが生じます」
「だが、ダッタンのラマナ地区にいるという所まで分かっていながら、王子探索のための兵を準備している様子もない。そうだな」
「それは…現在はダッタンへ派遣した諜報部員の詳細報告を待っている状態だからです。正確な位置と更なる情報を」
「慎重なのはいいが…ルイゼン、お前には王子探索の任務から外れてもらう」
「父上!」
「しかし、それは他にやってもらいことがあるからだ。分かるな、ルイゼン」
わずかに黙り込み、ルイゼンは眉をしかめて敬礼をした。
エウリルさまは無事だろうか。いや、もし捕らえられたならそう言われるはず。
本当は今すぐにでも自ら探しにいきたいが…他の任務で動きがとれない。
「ルイゼン、最近、貴族たちの間で何か噂などを聞いていないか」
大きな黒檀の机の上にあった資料に視線を落とすと、ハイヴェル卿はまたルイゼンを見上げた。机の前に直立していたルイゼンは、少し考えてから答えた。
「プティに本宅や別宅を持つ者の間で、平民を集めたサロンを作るのが流行していると聞きましたが…」
「そうか。そのこととも関係がありそうだな。貴族の中にも、民衆に迎合して王宮を批判する者が増えているそうだ。近頃、アントニアさまは王宮に籠って外には滅多に出てこられない。王がご病気になられて以来、王妃のご政策で王宮の税の取り立ても増えて民衆の不満が高まっている」
「今年は長雨が少なく、穀物もあまり取れない様子です。冬になれば、餓えて死ぬ国民も出てくるかもしれません。何とかしなければ」
「それもそうだが、問題なのは暴動を貴族が煽りかねんということだ」
ハイヴェル卿の言葉に、ルイゼンは驚いて目を見開いた。
「貴族が? しかし…」
「王宮に取って代わるほどではないにせよ、複数貴族主体の政治形態を狙っている貴族も多いということだ。ルイゼン、お前に頼みたいのは、近頃アストリィで増えているらしい反王宮派の貴族の名を記した名簿と、それを教唆する、プティに潜伏していると見られるローレンさま率いる地下組織の逮捕だ」
「父上、そこまで」
「知っていたな、ルイゼン」
低い声で答えると、ハイヴェル卿は手もとに置いてあった司令書に羽ペンでサインをしてルイゼンに差し出した。全体数と活動の把握に努めてくれ。そう言ってハイヴェル卿がルイゼンを見上げると、ルイゼンは敬礼をして司令官室を出ていった。
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