「ガスク=ファルソと二人で出ていった!? それ本当ですか」
顔を真っ赤にしてアサガが叫んだ。キーキーと小猿のように喚くアサガにうんざりして、ナッツ=マーラはうるせえと言って両耳を覆った。その態度にムッと唇を尖らせると、アサガはナッツ=マーラが使っている部屋の真ん中に置いた粗末なテーブルにドンと手をついた。
「何で止めなかったんです。ただでさえこの辺りは物騒なのに、ゲリラのリーダーと二人でなんて」
「俺だって後で報告受けたんだ。知ってりゃ止めてるつうの。お前、ここを王宮かなんかと勘違いしてねえか。俺たちは正規の軍隊じゃないんだ。個人でやってることまで把握してねえんだよ」
むむむっとにらみ合って、アサガとナッツ=マーラは黙り込んだ。
何ていい加減なんだ。
呆れたようにナッツ=マーラを見ると、アサガは踵を返して部屋のドアノブをつかんだ。一人では外にでない方がいいぞ。ナッツ=マーラが声をかけると、アサガは不機嫌そうに振り向いた。
「誰かついてきてくれと言ったって、誰も来ないでしょ。大丈夫です。武術の心得はありますから」
「それなら尚更だ。南地区でアスティがスーバルン人を殺しでもしたら、袋叩きにされて川に投げ込まれるぞ。俺が行こう。どっちにしても、ガスクを止めないと」
立ち上がったナッツ=マーラを見上げると、アサガは顔をしかめた。それなら最初から来てくれればいいのに。やっぱりスーバルン人とは肌が合わない。アサガが部屋を出ると、すぐにマントを羽織ったナッツ=マーラがついてきた。
「クソめんどくせえな。金取んぞこの野郎」
「どっちにしても、あいつを止めなきゃいけないんでしょ」
ボソリとアサガが呟くと、ふいに聖堂が騒がしくなった。ナッツ=マーラと二人で吹き抜けから下を覗くと、寺院に留まっていたゲリラのメンバーたちが一人の男を囲んでいた。あれは。吹き抜けから聖堂を覗き込んだアサガの脇をすり抜けて、ナッツ=マーラが階段を駆け降りた。
「グウィナン!」
ナッツ=マーラの声が聖堂に響くと、そこにいたゲリラのメンバーたちが道を開けた。雨が降っている中歩いて戻ってきたのか、グウィナンの髪はびしょ濡れで疲れた顔をしていた。グウィナン。名を呟いてホッとしたように表情を緩めると、ナッツ=マーラはグウィナンの手をギュッとつかんだ。
「よかった。戻ってきてくれて、本当によかった」
黙って行って悪かった。そう言ってナッツ=マーラの手を握り返してから離すと、グウィナンは二階に上がるよう促した。
「プティ市警団の連中と話してきた。ガスクを行かせていいのか判断できなかったからな。とにかく話を聞いてくれ」
「ちょっと待って下さい。エ…あの方を探しに行くのが先でしょ。あんたらのリーダーが戻ってきた訳じゃないんだ」
階段の途中まで降りてきていたアサガが焦って言うと、グウィナンはお前かと呟いて階段を上がった。ナッツ=マーラ。咎めるようにアサガが呼ぶと、グウィナンが聖堂にいた仲間たちにも部屋へ来るように声をかけてからアサガを見た。
「お前の主人は今、安全な所にいる。ガスクも一緒だ。少し頼み事をしたのでしばらくは戻れない。心配なのは分かるが、詳しい話は後にしてくれ」
「ちょっ…!」
「悪いな。ガスクが一緒なら大丈夫だ。勝手に外に出るんじゃねえぞ」
アサガを部屋へ連れていくように仲間に言って、ナッツ=マーラはグウィナンと二階に上がっていった。何だよそれ! 真っ赤になってアサガが怒鳴ると、一階にいたゲリラの仲間が一人、同情したように言った。
「まあ、グウィナンが無事だって言ってんだから大丈夫だろ。ガスクが一緒だっていうしな」
「ガスクが一緒なら、僕が一人で出ていけないような所でも大丈夫だっていうのか」
アサガが怒ったように言うと、ゲリラの仲間の男は笑いながら大丈夫だろとあっさり答えた。大した統率力だ。呆れたようにため息をつくと、アサガはナッツ=マーラたちと同じように自分の部屋へ戻るために階段を上がっていった。
|