アストラウル戦記

 駐屯地にあるグンナの部屋のベッドの中でシーツにくるまったまま、ずっと壁を見つめていた。
 いつもそばにいるというスーバルンゲリラのリーダーが怪我をしている今、もしすぐに見つけることができれば、もう一度エウリルを殺すこともできるかもしれない。
 でも。壁に人さし指を当ててデコボコをなぞると、フリレーテはもう片方の手で自分の唇をつまんだ。それで終わらせるのか。久しぶりに会ったエウリルは、王宮にいた頃よりもずっと力強く見えた。あのスーバルンゲリラのリーダーに救われ、自分の世界で生き抜いている。
 その全てを奪われ、絶望の内に死ぬ所が見たい。
 ルイカがそうだったように。
「フリレーテさま…」
 ふいに後ろから抱きしめられ、肌が密着してフリレーテは唇から指を離した。太ももから腰の辺りをまさぐられフリレーテが俯き熱い息をもらすと、グンナはフリレーテの体に腕を回して抱きしめた。
「さっき一度、内戦部隊の軍兵が呼びにきたろ。もう駐屯地中の噂になってるかもよ」
 振り向いてからかうようにフリレーテがグンナを見上げると、その表情を覗き込んだグンナがホッとしたように息をついた。
「あなたの不名誉にならなければいいのですが…もしおかしな噂になっていたら、余計なことを言いふらさないよう上官に注意させましょう」
「お前にそんな力が?」
 裸の腕をグンナの頭に回すと、フリレーテは目を細めた。その体を抱きすくめてグンナは胸に頬を押し当てながら答えた。
「どれぐらいの間、ここにいたとお思いですか。あなたからの指令を待つだけの日々もあったのですよ…」
 グンナの声は体の奥で震えた。古い天井を見上げると、フリレーテはゆっくりと目を閉じた。
 エウリルが大切にしているもの。それを壊すにはどうすればいい?
「王宮へ戻ろう。グンナ」
 大きな目を開いて視線をグンナへ向けると、フリレーテは口元に笑みを浮かべた。
 身を起こしてグンナが驚いたようにフリレーテを見ると、その表情をおかしそうに見つめてフリレーテはグンナの頬に指先で触れた。
「その前に、プティで王妃の使いを済ませよう。一度はアリアドネラの屋敷へ戻って、正当な後継者としての手続きも踏まなければ。忙しいぞ」
「しかし、私はここでの任務が」
 突然の言葉にグンナが戸惑うと、フリレーテは声を上げて笑った。
「私が王宮を出る前に、ここにいる王宮衛兵の指揮権を私に移すようアントニアさまにお願いしてきたんだ。私より先に早馬で出たんだから、知らせはとっくに来ているはずだよ。王宮にいないのにアントニアさまを通して衛兵を動かしていては、エウリルに逃げられてしまうからと言ってな」
 サイン一つで、お前は自由の身だ。そう言って笑うと、フリレーテはグンナの体を抱き寄せてキスをした。唇を合わせると、衣擦れの音が部屋に大きく響いた。真意を計りかねながらもフリレーテの望みのままに、グンナは熱い体をフリレーテに擦りつけた。
 何の意味もなかった自分の生に、初めて価値を見いだしたような気がした。

(c)渡辺キリ