グンナを護衛にプティ市に入ったフリレーテは、たくさんの木々に囲まれた大きな屋敷を味わうようにゆっくりと馬の歩を進めた。ダッタン市からプティ市への道のりは、大学院の在学中にアリアドネラ伯爵から請われて養子に入ったあの日を思い出した。
「研究も中途半端なままだ。両親は喜んでいたけどね。生涯、使いきれないほどの金が懐に入った訳だから」
「ナレオトル大学院を卒業して貴族のご養子になることは、この国では名誉なことでしょう。ご両親もそう思われているのでは?」
フリレーテの斜め後ろをついて馬を歩かせていたグンナが言うと、フリレーテは笑みを浮かべてさあと返した。プティ市はアストリィのように貴族の本宅が並び、アストリィよりも歴史が古い分、重厚な造りの屋敷や石畳が落ち着いた雰囲気を醸していた。森の小道のような一本道を二人で並んで通り抜けると、フリレーテはほんの少し馬の歩みを早めた。
「この先がアリアドネラ邸だ。お前はプティに来るのは初めてだって言ってたな。後で家の者にゆっくり案内させよう」
そう言ったフリレーテの赤い髪を眺めながら、グンナはかすれた声でいいえと答えた。フリレーテがチラリとグンナを見ると、グンナは目を伏せた。
「私は…アリアドネラの屋敷へ戻っても、あなたのそばにいてもいいのでしょうか」
グンナが言うと、フリレーテはきょとんとした表情をして、それから笑った。
「いいよ。いたければ好きなだけ俺のそばにいるがいい。でも、後悔しても知らないぞ」
「後悔など」
「死ぬよ」
フッと口元に笑みを浮かべてフリレーテが呟いた。
死んでも後悔はしません。そう言って、グンナは唇を引き結んだ。
王宮に戻れば、フリレーテさまはまた王太子の愛人として自分の手の届かない所へ行ってしまうだろう。それでもいい。
俺が俺の命尽きるまで、フリレーテさまを守ることができればいい。
「家人が俺の顔を覚えていればいいけどな。わざわざアリアドネラ伝家の宝刀を出さなきゃいけないのは面倒だ」
茶化すようにそう言って、フリレーテは小道の先に見えてきた大きな門を眺めた。前に立っていた衛兵たちに見覚えはなかったけれど、衛兵たちの方がフリレーテに気づいて慌ただしく動き始めた。
「フリレーテさまのお帰りだ! 門を開けよ!」
もっとそっと帰るつもりだったのに、面倒だな。衛兵が上げた大声に仰々しくゆっくりと開く門を見てフリレーテが言うと、グンナは目を細めた。馬を停めると、素早く馬を降りたグンナの手を借りてフリレーテはひらりと身を翻した。ストンと軽く地面に降り立つと、中から出てきた別の衛兵がフリレーテに近づいて、貴族の衛兵らしく優雅にお辞儀をした。
「フリレーテさま、お帰りなさいませ。王宮よりフリレーテさまがお戻りになるとの通達が届いておりました」
「何だ、それで驚かないのか」
「はい。執事他、家人は皆、フリレーテさまのお戻りを待ち望んでおりました。私たち衛兵も」
「長い間、家を空けてすまなかった。その男は王太子より預かった王宮衛兵の司令官だ。私を警護してくれたんだ。丁重におもてなしを」
フリレーテが言うと、衛兵はグンナに敬礼をした。誰か知らせに行ったのか、屋敷の方から使用人が馬車を走らせて近づいてきた。ここから馬車に乗るのですか。驚いてグンナが小声で尋ねると、フリレーテは振り向いて意地悪そうに答えた。
「お前は歩いてくるか? 屋敷まで一時間はかかるぞ」
無表情の中にもどこかうんざりしたようなグンナの顔を見ると、フリレーテはあははと声を上げて笑った。
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