次の日は朝からよく晴れていて、空気も澄んでいた。部屋の窓を開けて朝の涼しい空気を吸い込むと、アサガは既に起きて身支度を調えているヤソンを振り向いて見た。
この人は、少し得体が知れないな。
プティへ行けばローレンさまの元へエウリルさまをお連れするんだから、僕には関係のないことだけど。
何となくスーバルンゲリラの面々を思い出し、アサガは窓の外を眺めてふうと息をついた。表通りにはすでに人が行き交っていて、太陽は高く登っていた。リーダー殿の機嫌伺いにでも行きますか。ヤソンに声をかけられてもう一度振り向くと、アサガは尋ねた。
「今日はまだ出立できないでしょうか」
「リーダー殿の様子次第でしょう。まあ、悪化していればナヴィが知らせに来るでしょうから、昨日よりはまずくないとは思いますが」
言いながら椅子から立ち上がると、ヤソンは先に部屋を出ていった。アサガも慌てて後をついていくと、隣室のドアをノックしてヤソンが声をかけた。
「ナヴィ、ガスク、起きてますか」
ドアノブをつかんで回すと、それはアッサリと開いた。宿の者が朝食を運びに来てから鍵を閉めなかったんですね。少し咎めるように言いながらドアを開けると、ヤソンとアサガは部屋を覗き込んであれ?と同時に声を上げた。
ナヴィのベッドは空で、ガスクだけがベッドで眠っているように見えた。盛り上がった毛布の向こうに栗色の髪が揺れていて、開いた窓から風がそよいでいるのに気づいた。
「エっ…!」
思わず名を呼びかけて、アサガはヤソンがいることを思い出して口をつぐんだ。小山のようになっているガスクの向こうで、ナヴィが寝息を立てて眠り込んでいた。一度、宿の使用人が朝食を運んできたのか、窓際のテーブルには二人分の食事が置いてあった。
「これは予想外だったな」
ヤソンの呑気な声が響いて、アサガはヤソンを押しのけるようにしてズカズカと部屋に入った。起きて下さい! アサガが大声で言うと、ナヴィよりも先にガスクの方が目を覚ました。
「…うるせ」
ガスクが寝ぼけたように呟くと、懐に頭を突っ込むようにして寝ていたナヴィが長い息を吐いた。その体温に気づいてガスクが半身を起こすと、ベッドが揺れてナヴィが目を覚ました
「な…っ、何でお前、こっちで寝てんだ」
開いていた窓から入ってきた風が、ナヴィの髪をふわふわと揺らした。ガスクが驚いて声をかけると、ナヴィは何か眩しいと言ってガスクの胸に額を押しつけた。その途端、後ろからアサガに引きはがされる。
「まさか、あんたが引っぱり込んだんじゃないでしょうね!?」
「男同士で無茶苦茶言うな!」
「男同士だから何だって言うんです!?」
アサガに頭の上で怒鳴られ、自分の置かれている状況に気づいてナヴィがちょっと待ってと言って振り向いた。アサガのセリフに度肝を抜かれたガスクがぱっかり口を開けてアサガを見上げていると、真っ赤になったナヴィがアサガを押さえて言った。
「夕べ、夜中にガスクの様子を見てたらそのまま寝てしまったんだ! それに、ダッタンに来るまでガスクとは何度も野宿したことあるから、アサガが怒るほどのことじゃないし」
「あなたは無防備すぎるんです! やっぱりこんな野人と二人にするんじゃなかった!」
「あのな」
口を挟んだガスクを振り向いて見ると、耳までカアッと赤くなってナヴィはとにかくごめんと言ってベッドから降りた。水をもらってくる。そう言ってヤソンの脇をすり抜け、ナヴィは部屋の外へ出ようとした。
「水なら私の部屋にありますよ。一緒に取りにいきましょう」
阿鼻叫喚の状況を今にも吹き出しそうな顔で見ていたヤソンが、目に笑みを浮かべてナヴィに声をかけた。二人が部屋を出ていくと、アサガを見上げガスクはギクリとしてベッドの上でジリジリと後ずさりした。
「何だその剣は」
「スーバルンゲリラなんぞに操を奪われたのでは、あの方の血筋に申し訳が立ちません。あなたを殺して僕も死にます」
「いい加減にしろ!」
アサガが両手でしっかりと握りしめていた剣の鞘をポンと蹴りあげると、それを落としそうになってあっと声を上げたアサガを尻目に、ガスクは剣を取り上げた。返して下さいよ! アサガが慌てて手を伸ばすと、ガスクは剣の鞘でトンと軽くアサガの胸をついた。
「全く。どんな血筋だ」
ふらついて隣のベッドに尻餅をつくと、アサガはくしゃりと顔を歪めた。後ろ手に床へ剣を置いてベッドの上であぐらを組むと、ガスクはギョッとしてその顔をマジマジと眺めた。
「泣くこたねえだろ」
アサガの頬に、涙がこぼれて筋を描いていた。ガスクが驚きのあまり黙り込むと、眉をしかめてグイと涙を拭き、アサガはあんたには分かんないよと吐き捨てた。
「あんたには分かんないんだ。あの人は本当はこんな所にいるような方じゃないんだ。何であんたなんかと出会ってしまったんだろう。理不尽だよ」
「お前な…お前、あいつが誰だか知ってんだろ。ナヴィは死にかけたせいで昔のことは忘れてんだ。せめてそれぐらい教えてやれよ。訳の分からない誤解して泣くぐらいだったら」
呆れたようにガスクが言うと、アサガは口をつぐんだまま立ち上がって部屋を出ていった。朝っぱらから何なんだよ。こっちは熱でふらふらだっつの。汗をかいた胸元を着ていたシャツで拭うと、ガスクはアサガが出ていったドアを見て小さく息を吐き出した。
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