一昼夜が過ぎてガスクの熱が引くと、一つ目の宿を出立してナヴィたちは再びプティへ向かった。
休んだせいかガスクの体調は持ち直して、顔色がよかった。ガスクを支えて馬車に乗せると、ナヴィは馬に乗ろうとしていたヤソンに近づいて口を開いた。
「申し訳ないんですが、今日は変わって下さい。僕が馬に乗ります」
「しかし…」
「ガスクも元気になってきたし、久しぶりに馬に乗りたいんです」
「ナヴィ?」
なかなか来ないナヴィに気づいて、ガスクが馬車のドアを開けて顔を覗かせた。まあ、結構ですよ。そう言ってナヴィに馬の手綱を渡すと、ヤソンは馬車のドアをつかんで中に乗り込んだ。
「たまにはいいんじゃないですか。避けられるのも」
ニヤリと笑ったヤソンに避けられてねえと返すと、ガスクは勝手にしろと胸の内で呟いて座席に身を沈めた。
何考えてんだ、あいつは。
アサガと何か話したのか? 馬車について馬を歩かせているナヴィを想像すると、ガスクは窓枠に肘をついた。しばらく馬車に揺られていると、反対側の小さな窓から外を眺めていたヤソンが尋ねた。
「スーバルンゲリラはアストラウル人に激しい反発心を抱いている者が多いと聞きましたが、ナヴィは別なんですか」
ガスクがヤソンの横顔を見ると、ヤソンもガスクを横目で見た。別ということはないが。言葉を選びながらガスクが答えると、ヤソンはまた窓の外へ視線を向けて話を続けた。
「ナヴィは本当に貴族のようですね。立ち居振る舞いで分かります。私の家はアストラウル人の中でも中流家庭でね、親は私に期待をかけて大学まで出してくれましたけど、弟は今も親と一緒に、プティの郊外にある貴族の屋敷に住み込みで働いています。だから、貴族は見なれてるんですよ」
「…あんた、結婚は?」
「してませんよ。考えている暇もありませんでしたから。あなたは? 恋人ぐらいいるんでしょ」
「昔は」
ガスクがボソリと答えると、同類かなと言ってヤソンは馬車の中へ視線を戻した。恋をしている余裕なんかなかった。未来の見えない長い戦いの中に身を浸して、それが自分のあるべき姿だと思っていた。仲間以外、そばに誰かを置くことなど考えたこともなかった。
黙ったままヤソンを真っ直ぐに見ると、ガスクは窓枠に頬杖をついて口の端でニッと笑った。
「おかしいな。こんな話をするのも随分久しぶりだ」
「ゲリラの仲間とはしないんですか? 男同士なら下世話な話になるでしょう」
興味深げに尋ねたヤソンに、ガスクは少し考えて答えた。
「あいつらはしてるだろうが、俺はリーダーだから」
「あなたが恐い顔をしているからですよ」
「そうかな?」
「そうでしょ。ナヴィも可哀想に」
からかうようにニヤニヤと笑いながらヤソンが言うと、ガスクはうっすらと赤くなって、自分の表情を隠すように顔を背けた。ナヴィは関係ないだろ。目を閉じてガスクがどうでもよさそうに言うと、ヤソンはへえと答えて言葉を続けた。
「なるほどね。弾幕の一つはあなたの態度にあるって訳だ」
「弾幕?」
「ナヴィですよ。まあ私には関係のない話か」
最後は呟くように言って、ヤソンは窓の外で馬を歩かせているナヴィの小柄な背中を眺めた。
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