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王太子アントニアを招いた華やかなパレードは、ダッタンから南へ二市越えた大きな港町アルゼリオで行われた。陸路を辿って商人が行き来するダッタン市とは別に、アストラウルで唯一の港町であるアルゼリオは国防と経済のもう一つの要とも言える場所だった。
村から市となって五十年を迎えるアルゼリオの祝賀パレードが終わった後、近衛軍を護衛に港を視察していたアントニアは、暑い日差しの下でそばにいたルイゼンに君は魚が空を泳ぐ姿を見たことがあるかと尋ねた。
「空を、ですか」
「そうだ。私は一度だけ見たことがある。あれは私がまだ三歳の頃だったな。今日のような暑い日だった」
ルイゼンがアントニアを黙ったまま見つめると、アントニアはそばにいた侍従に汗を拭われながら話を続けた。
「魚は大きくて真っ黒だった。あそこで網にかかっているような跳ね回るような動きはしていなかった。まるで水に乗って流れていくように、右から左へ動いて突然消えてしまったよ」
「アントニアさまは、お小さい頃から想像力の豊かな方でいらっしゃったんですなあ」
ルイゼンの反対側で話を聞いていたアルゼリオ市長が、絹のハンカチで汗を拭いながら笑った。そうかな、子供の空想だったのかな。目を細めて笑みを浮かべたアントニアに、周囲にいたアルゼリオに住む貴族がさざめくように笑った。
「アントニアさま、そろそろお時間でございます。晩餐会ではアルゼリオで穫れた魚料理がたくさん並びますぞ。どうぞこちらへ」
側近に耳打ちされ、アルゼリオ市長が張りのある大声で言った。それは楽しみだ。柔和な笑顔で答えると、アントニアは潮風で前髪を揺らしながら、大勢の人間に囲まれて港から立ち去った。
その日の夜、アントニアを夜通し警護するために同じ宿に泊まったルイゼンは、部屋で少し休んだ後、市内で情報を集めさせていた諜報部員の報告を受けていた。アルゼリオでは王子らしき人物の噂は聞かれず、ルイゼンは諜報部員にダッタンへ行くよう命令してから大きく息をついた。
ダッタンから近いアルゼリオなら、エウリルさまの情報が何か耳にできるかもしれないと思ったけれど。
やはり無理か。エウリルさまの噂よりも、アルゼリオの貴族たちの動向の方がよほど有用だった。警戒心の強いアストリィの貴族たちに比べると、比較的簡単に王宮に反する貴族たちを調べることができた。
「ルイゼンさま、アントニアさまがお呼びでございます」
ふいにドアがノックされ、侍従の声がしてルイゼンは立ち上がった。ルイゼンの部屋の前に立っていた見張りにご苦労と声をかけると、ルイゼンは侍従たちとアントニアのいる部屋へ向かった。 |