アストラウル戦記

 プティへの旅も四日目を過ぎると、元々旅慣れていたガスクは体調も回復して一人で歩き回れるようになっていた。
 目立つ馬車をダッタンへ帰し、途中の民家で馬を二頭買うと、四人はゆっくりと馬を歩かせてプティへの道行きを進めていた。相変わらずナヴィの態度はどこか固く、アサガと共に馬で先を歩くナヴィを見ると、ガスクは小さく息をついた。
 何拗ねてるんだか。
 初めは何もかもが新鮮だった馬での旅も少し飽きたのか、アサガもナヴィも黙ったままで、ガスクが昼食の時に拾ったドングリをヒュッと投げると、それはナヴィの背に当たって落ちた。
 振り向いたナヴィが、ガスクに気づいてまた前を向く。
 二個、三個とぶつけても反応せず我慢しているナヴィに、ヤソンが顔を背けてクックッと笑った。理不尽だろ。ガスクが言うと、ヤソンは堪えきれずに声を上げて笑った。
「まるで初恋じゃないですか。女だったらとっくに抱いてるでしょうに」
「あんたもしつこいな。ナヴィはそんなんじゃ…」
 言いかけて、ガスクは振り向いた。何ですか。馬の歩みを止めてヤソンも振り向くと、ガスクはニヤリと笑って来たかもよと呟いた。ナヴィ。ヤソンが呼ぶと、ナヴィとアサガが振り向いてヤソンを見た。
「どうする。交戦するか、隠れるか」
「まだ何も見えませんけど、あなたの勘に頼ることにしましょうか。とりあえず隠れましょう」
 一本道を目を凝らして見ていたヤソンが言うと、ガスクはあっちに獣道があるなと答えた。アサガの左手にわずかに灌木が切れた部分があって、ヤソンは馬で入れるかなと眉を潜めた。
「心配なら俺についてきてくれ。急げ」
 そう言って、ガスクは嫌がる馬を宥めながら獣道のような細い山道へ入っていった。アサガと顔を見合わせると、ナヴィは行こうと言ってガスクについていった。馬を少し歩かせて道から見えない所までくると、馬を降りてガスクは薮をかき分けるように戻っていった。
「ガスク、危ないよ」
 ナヴィが慌てて後をついていくと、ガスクは誰が俺たちを追っているのか見ておいた方がいいと答えた。できるだけ音を立てないように木の影に隠れ、息を潜めていると、しばらくして馬を数頭走らせる音が大きくなってきた。
「すごい」
 アサガが思わず呟いて、慌てて口を塞いだ。ヤソンがガスクを見ると、ガスクは険しい表情で通り過ぎるアストラウルの軍兵たちを見つめていた。二十人はいる軍兵たちが通り過ぎていくと、ヤソンは頬を赤くして興奮したように言った。
「あれを相手にしていたら、やられていたかもしれませんね。どうして分かったんですか」
「地響きのような音がした。俺は耳がいいんだ」
 そう言って、ガスクは振り向いてアサガとナヴィを見ながら話を続けた。
「それより、お前たち気づいたか。対スーバルンゲリラの内戦部隊とは記章が違ったのを。ダッタンまでナヴィを追ってきた、グンナとかいう司令官がつけていた記章とも違ったな」
「記章までは見えなかったけど、あれはハイヴェル卿の部隊ですよ。中にいた兵士数人に見覚えがありました。ひょっとして僕たちを追ってきたんじゃないんじゃないですか」
 アサガが答えると、中央の王立軍兵かと驚いたように言ってヤソンはため息をついた。
「まあ、隠れて正解じゃないですか。私たちが目当てでもそうじゃないにしても、呼び止められたら戦わざるを得ない状況になりそうですからね。あなたを呼んだのは、やはり正解でした」
「俺がいなきゃ、観光客だってすっとぼけられるだろ」
 苦笑してガスクが言うと、黙って聞いていたナヴィはふいにガスクを見た。
「王立軍兵はそこまで甘くはないと思う。王宮の警護が中心で交戦に慣れていない王宮衛兵とは別物だと考えた方がいいよ。やっぱり隠れてよかったんだよ」
 そう言って立ち上がると、ナヴィは馬をつないだ所まで草をかき分けて戻っていった。珍しく厳しい表情をしたナヴィに、ガスクとヤソンは視線を合わせてから同じように立ち上がった。

(c)渡辺キリ