アストラウル戦記

 次の日は快晴で、朝から日差しが容赦なく照りつけていた。道が白く見えて、アサガが眩しいなと不機嫌そうに呟いた。ガスクの隣で馬を歩かせていたナヴィが、目をつぶって行くといいよと答えて笑った。
 今日は先に行かないのか。
 こいつ、やっぱり何考えてるのかサッパリだ。
 無駄に物を考えるのはやめようと、黙ったままナヴィの隣で馬に乗っていたガスクが、ふいに何か騒いでるなと言った。今度はヤソンの耳にも、一本道の向こうで測道に立った宿から何かが割れるような大きな音が届いた。
「行くか」
「どちらにしても、ここで足留めを食らう訳には行きませんからね」
 ガスクの言葉にアッサリ答えると、ヤソンは先に馬を走らせた。それは思ったよりも大きな宿で、外に昨日見た軍兵が数人、通りを見張っているのが見えた。
「人数はそういなさそうですね。十人弱って感じかな」
「俺たちを探してるのか、それに乗じての略奪か」
 手綱を緩めずにそのまま軍兵の間に駆け込むと、ガスクは腰に差していた剣を抜いて何やってんだ!と怒鳴った。道には宿から奪った食料や金が散乱していた。王立軍兵のガラも随分悪くなったもんだな。ヤソンたちよりもずっと後の方で馬を走らせながらアサガが言うと、ナヴィは万が一の時のために剣を抜きながら下っ端じゃないのかと答えた。
「ルイゼンが、規律を守らない者が増えたと零してた。それじゃないか」
「民衆の王宮への不満は、真っ先に軍兵へ向かいますからね。ダッタンでもアストラウル人の商人たちと軍兵がぶつかっているのをよく見ました」
 言いながら、アサガはナヴィの右側に馬を寄せた。宿の前ではすでにガスクとヤソンが軍兵と交戦していた。警告もしないなんて、自分だって血の気が多いじゃないか。ヤソンを見て呆れたように言うと、アサガは端にいてこちらに気づいた軍兵に向かって怒鳴った。
「王立軍兵の民衆への略奪行為は、軍律で禁じられているはずだ! 戦意を捨て投降しろ!」
「!」
 アサガとナヴィを見ると、軍兵は慌てて剣を抜いて第四王子だ!と叫んだ。その場にいた軍兵たちが一斉に、アサガとナヴィを振り向いて見た。
 ヤソンと、ガスクも。
「王子?」
 ガスクの低い声が、騒ぎの中でやけに大きく聞こえた。呆然とした表情でガスクを見たナヴィが、その言葉を肯定していた。王子? 王宮の。そう考えると全ての欠片が繋がっていった。ナヴィはオルスナ人だと言ったパンネルの言葉。アストラウルとオルスナのミックス。貴族のような物腰。病気だと発表されてから一度も公式の場に姿を見せない、第四王子。
 他のアスティのようにスーバルン人を差別しなかったのは、ずっと王宮にいてスーバルン人と接触する機会を持たなかったからなのか。
「ガスク!」
 ヤソンの怒鳴る声がして、ガスクは我に返って王立軍兵の剣を避けた。馬が暴れて慌ててそれを静めると、ガスクはギュッと剣の柄を握り直した。考えている場合じゃない。そんな状況じゃないのに。
「目標を発見したと知らせにいけ!」
 宿の中にいた軍兵が大声で叫ぶと、一番外側にいた一人が馬に乗って駆け出した。追いますよ。そう言ってヤソンが剣を持ち直して手綱を振り下ろした。アサガが僕の言ったこと聞いてないなと怒りながら、剣を持って軍兵の間に突っ込んでいった。それを見て慌てて追いかけると、ナヴィは鞘をつけたままの剣をオルスナの棒術の型のように持って、向かってくる軍兵の剣を弾いた。
「一旦引いて、援軍を待つぞ!」
 その場にいた軍兵を仕切っているらしい男がガスクの勢いに焦ったように怒鳴ると同時に、ガスクの剣がその胸を切り裂いた。二人、三人と容赦なく切り捨てられて、恐れをなした若い軍兵が剣を捨てて逃げようとした。
「やめろ!」
 ナヴィが叫ぶと、ガスクは一瞬チラリとナヴィに視線を向け、その若い軍兵を後ろから切りつけた。
 悲鳴と怒号と、むせ返るような血の匂い。
「ガスク!」
「一人でも逃がして援軍を呼ばれたら、あなたが危ないんです!」
 止めようとしたナヴィに、アサガが怒鳴った。ナヴィから顔を背けたガスクが一人、続いてアサガが二人切った。ナヴィの近くにいた軍兵がナヴィに向かって剣を振り上げると、驚いた馬がいなないて、バランスを崩したナヴィが馬から振り落とされた。
「エウリルさま!」
 思わず叫んで、アサガが馬から降りた。その視界の端にガスクの姿が映った。ナヴィに向かっていた最後の軍兵の肩を切ると、ガスクは馬上からナヴィを見下ろした。
「…くっ」
 地面に叩きつけられたナヴィは、背を打ったのか体を不自然に曲げて呻いていた。ガスクの剣の切っ先がゆっくりとナヴィに向けられ、青くなったアサガが叫んだ。
「ガスク!」
 その切っ先を見上げたナヴィが、苦しげに一瞬顔を歪めた。
「…」
 剣についた血を振り落とすと、ガスクはそれを布で拭って鞘に納めた。馬から降りてガスクがナヴィの体を助け起こすと、ナヴィは痛みをこらえて顔をしかめた。ヤソンが戻ってくるまで動かせないな。固い声色でそう言うと、ガスクはナヴィの体を抱き上げてアサガを見た。

(c)渡辺キリ