骨が折れていないのを確認して馬に乗せると、ガスクがナヴィを抱いて次の宿へ運んだ。プティへの最短路から反れてしまいましたね。ため息をついたヤソンに、アサガが珍しく素直にすみませんと謝った。
「とにかく大したことがなくてよかった。余程綺麗に落馬したんですね」
そう言って笑うと、痛み止めを飲んでベッドに横たわったナヴィを見下ろしてヤソンは部屋を出ていこうとした。どこへ? アサガが尋ねると、ヤソンは食事をもらってきますよと答えた。
「ガスク、ありがとう」
ヤソンが出ていくと、閉まるドアを見てからアサガは窓際に腰掛けて外を見ていたガスクに声をかけた。何が。振り向きもせずにそう言ったガスクに、アサガは言葉を選んでから答えた。
「エウリルさまを殺さなかったこと」
「…」
迷いも。
答えも。
まだ頭が混乱していた。礼を言うのは早すぎるんじゃないか。素っ気なく言ったガスクに早すぎやしませんときっぱりと答えて、アサガは眠っているナヴィの額の汗を軽く拭った。
「殺すつもりなら、あの時殺していたでしょう。助けたのはこの方に情があるからだ。あなたは例え敵だろうと、情を持った人間を切り捨てるような人じゃありません」
「…全く、どいつもこいつもよく喋るな」
壁に立てかけていた剣を取ると、それを腰に差してガスクはドアへ向かって大股で歩いた。どこへ? アサガが尋ねると、ガスクは振り向いて答えた。
「外を見張ってくる。今頃、殺された軍兵たちが発見されて、先発隊が犯人を血眼になって探してる頃だろうからな」
「もし軍兵が来たら」
「え?」
「逃げてもいいですよ。エウリルさまを守る義務なんて、あなたにはないんですから」
ナヴィの顔色を見ながら言ったアサガの背中はどこか力なく、ガスクは黙ったまま部屋から出た。日が暮れはじめた階段は薄暗く、宿の主人がランプに火を入れて回っていた。
「ガスク、どこへ?」
食事をトレイに乗せて階段を上がってきたヤソンが、ガスクに気づいて声をかけた。見張りに。言葉少なにそう答えると、ガスクは階段を駆け降りて外へ出ていった。
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