戻ってこなかったのか。
明け方、喉の渇きで目を覚ましてアサガは辺りを見回した。宿の部屋は四人部屋で、南側に置かれた二つのベッドは使った様子もなく冷えきっていた。逃げてもいいと言ったのは確かだ。あの二人にはエウリルさまを守る義務はない。
そして、それ以上に大切な志を持っている。
「エウリルさま、二人でも大丈夫ですよね」
舌の上で転がすように呟くと、眠っているナヴィの頭をなでてアサガはその呼吸を確かめた。急に不安が胸を襲って、アサガはナヴィの肩をぎゅうと抱きしめた。ガスクが一緒にいた時は軽口も叩けた。でも、いなくなった途端にこんなに恐くなるなんて。
いつの間にか、慣れてしまっていたんだ。
無防備な表情で眠るナヴィの顔を覗き込むと、アサガは眉を潜めた。
いつの間にか、ガスクがエウリルさまを守ってくれていることが当たり前だと思ってた。でも、ガスクはエウリルさまが王子だと知らなかったから、助けてくれていたんだ。そんなことに今さら気づくなんて。
「あーやべえ、俺、腰抜けるかも」
ふいにバタンとドアが開いて、その大きな音に驚いてアサガがビクンと肩を震わせた。振り返ると、汗や血にまみれたガスクとヤソンが鞘を杖代わりにして部屋に入ってきた。驚いて物も言えずにアサガが唾を飲み込むと、ガスクは着ていた服を脱いで床に落としながら口を開いた。
「起きてたのか。外の騒ぎが聞こえないなんて、幸せなやつだな」
「聞こえてたら反対に出てこないでしょう。現に宿の客は誰一人出てこなかったですからね」
「な…何があったんです」
アサガが尋ねると、ガスクはバスルームに汲み置いてあった水に布を浸して体を拭った。ここでもう一晩休みたいけど、そういう訳にはいきませんよね。アサガの問いには答えずにヤソンがベッドに座り込むと、ガスクは顔についた返り血を拭いながらアサガを見た。
「何って、喧嘩だよ。喧嘩」
「残りの奴らが来たんですよ。宿のそばで王立軍兵を切ったら迷惑がかかると思って、森の中へ誘い込みながら戦ってたらもう朝ですよ。くたくただし腹は減るし、最悪だ」
ガスクの言葉を補足するように言って、ヤソンは汚れたままベッドに転がってすぐに寝息を立てはじめた。俺も少し寝かせてくれ。そう言ってもう一つのベッドに寝転んだガスクを見ると、アサガは真っ赤になった。
「ありがとう…ありがとう、ガスク、ヤソン」
「礼なら後にしてくれ。腹も減ってるから、起きたらメシを…」
話しながら寝入ってしまうと、すぐにガスクの寝息が部屋に響いた。外は物音一つせず、アサガがそっと窓から覗くと宿に着いた時と同じ風景が広がっていた。ありがとう。もう一度小さな声で呟くと、アサガは二人の靴を脱がせて毛布をかけた。
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