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脇道に逸れたために予定よりも一日遅れて、明日にはプティ市へ着きそうな位置まで来た所でガスクたちは宿を取った。ナヴィの背中の痛みはすっかり取れて、一人で馬に乗れるようになっていた。追っ手も特になかったようだな。四人で一つの狭い部屋を取り、ベッドでブーツを脱ぎながらヤソンが言うと、荷物の中からナヴィの下着を出していたアサガが答えた。
「分かりませんよ。プティでバッタリなんてこともあるかもしれませんし。僕たちがルートを変えたことに気づかずに大通りを進んでたら、あっちの方が早くプティへ着くはずですから」
「いや、俺たちが脇道を進んでいることは、多分知られてる」
戦闘で受けた腕の傷を見ながら、ガスクがアサガに答えた。どうしてですか。アサガが尋ねると、ヤソンがベッドに足を投げ出して大きく息をついてから答えた。
「ガスクのせいですよ。ガスクが兵士を見逃したせいで、兵士たちが逃げたんだ」
「何で」
「不意打ちだったから、こっちが有利だったんだ。分隊はないようだったし、戦えないような傷を負わせれば十分だった」
「余裕ですね。戦場でもそんなことを言って、殺されるつもりですか。あなたが死ぬのは構わないけど、エウリルさまを巻き添えにするのは許しませんよ」
怒ったようにアサガが言うと、ガスクは一瞬黙り込み、それから腕の包帯を巻き直して言った。
「状況を見て、その方がいいと判断しただけだ。兵士を殺すと、あいつらはムキになってどこまでも追ってくる。それに、森の中に死体を置きっぱなしにすると蘇るから、森では全滅させちゃいけないんだ」
「は!?」
ガスクの言葉に、三人が驚いて同時に声を上げた。ブッと吹き出したヤソンに続いて、ナヴィが笑いを堪えて真っ赤になった。そんなこと本気で信じてるんですか!? 微妙な表情でアサガが言うと、ガスクは耳まで赤くなって答えた。
「スーバルン人に聞いてみろよ。みんな同じこと言うから。子供の頃にはみんな聞く言い伝えなんだ」
「そんな話、聞いたことないよ。ナッツ=マーラやグウィナンも言ってなかったし。からかわれてるんじゃないの?」
「お前がただ単に聞かなかっただけだろ」
「まあまあ、ガスクもナヴィも。とりあえず無事にここまで来れてよかったじゃないか。とにかく食事をして、今夜は休もう。明日にはスラナング男爵の元へ君たちを連れていかなきゃいけないしね」
「僕たちも一緒に行っていいんですか」
ヤソンの言葉にナヴィが軽く驚いて尋ねると、ヤソンはそうかと思い出したように言ってナヴィを見上げた。
「君の身内がどこにいるのか、君たちはまだ知らないんだったな」
「ええ。ですから、スラナング男爵が僕たちの話を聞いて下さるのなら、とても助かるんですが…」
「いいんじゃないか。スラナング男爵はプティ市では知り合いも大勢いるし、何かご存じだろう」
言いながらおかしそうに笑うと、ヤソンは荷物の中からつぶれたサンダルを取り出して履き替えた。
「この辺りはソークレジャ地方から仕入れているワインと魚が旨いんだ。早く食堂に行かないと、他の奴らに飲まれちまうぞ」
自分のテリトリーが近いせいか、ダッタンにいる頃よりもずっとくだけた調子でヤソンが言った。それは急がなきゃな。そう言ってガスクは短剣を脇のベルトに差し、ヤソンと一緒に部屋を出た。ワインがそんなに大事ですかね。呆れたようなアサガの言葉を聞くと、ナヴィは笑った。 |