スラナング男爵家の敷地内にある庭は、一部が小さな森のようにたくさんの木が生い茂っていた。さっきまで自分がいた部屋の下を探して歩くと、ナヴィは借りたランタンの明かりをかざして周りを見回した。
「ガスク!」
さっきは明かりが見えたのに。生け垣の境目を入っていくと、ガサガサと草を踏む音が響いた。ガスク? ナヴィが木の影から顔を覗かせると、ガスクが地面にマントを敷いて寝転んでいた。そばには火の消えたランタンと、火を灯して皿に入れた黒い固まりが置いてあった。スッと一筋上がる煙を見上げて、ナヴィはガスクのそばに座り込んで尋ねた。
「何これ」
「虫よけの練り香」
「何してるの?」
「あんな広い部屋じゃ、落ち着いて寝られねえ。外の方がマシだ」
暗闇の中、ナヴィが持つランタンを眩しそうに見上げてガスクが言った。地面を見てそこにあぐらを組むと、ナヴィはランタンをガスクの頭から少し離して置いた。
「お前、せっかく兄貴と会えたんだから話してこいよ」
寝転んだまま腕を組んで、ガスクは目を閉じて呟いた。草むらでは虫の鳴く声が響いていた。もう話したよ。口元に笑みを浮かべて答えると、ナヴィは後ろ手をついて目を伏せた。
「ローレンと一緒に戦うことに、決めたんだね」
ガスクが目を開くと、ナヴィは空を見上げた。
「俺がゲリラとして戦うことに決めたのは」
手を伸ばしてナヴィの膝に手を乗せると、そのまままた目を閉じてガスクは言った。
「俺が戦うことで守れるものがあったからだ。いや…守れるものがあると信じたから。ナヴィ、お前は何のために戦う?」
てめえのためか、誰かのためなのか。
ガスクの手に自分の手を重ねると、ナヴィは黙り込んだ。何のために戦うか。そんなこと、考えたこともなかった。王宮を出てからずっと、僕はただ、僕に降り掛かる大きな不安と戦ってきた。でも、ガスクは違ったんだ。
ヤソンも、ローレンも。
「ガスク、抱きしめてもいい?」
ナヴィが呟くと、ガスクは目を開いてナヴィを見た。ガスクの体に寄り添って寝転んだナヴィを、ガスクは腕を回して強く抱きしめた。
自分のためか、それとも誰かのために?
恐らく、ガスクにとっては両方なんだろう。
汗ばんだ腕が触れると、ガスクが暑いなと言ってナヴィの髪を梳いた。体の中に熱がこもって、肌が触れあうと熱かった。ガスクがナヴィの唇に軽くキスすると、ナヴィはその唇を柔らかく啄んだ。
「ナヴィ…」
何度も何度もナヴィの髪をなでると、ガスクはその額にもキスをしてから手を伸ばした。小柄な背中に、腰にガスクの手を感じてナヴィは堪えきれずに目を閉じた。ガスク。戸惑いを見せながらナヴィが息を乱して呼ぶと、ガスクはナヴィの体に覆いかぶさるように抱いて、ランタンに照らされた顔を覗き込んだ。
言葉は出なかった。ただ、ガスクの広い背中に腕を回して、懸命に力を込めて抱きしめていた。恥じらいと欲望が交錯して、頭が一杯になった。ナヴィが片膝を立てると、ガスクは腰を沈めてナヴィの首筋に唇を押しつけた。
「…ふ」
熱い呼吸が漏れた。内股から這うように手を滑らせて、ガスクがナヴィの足を抱えると、ナヴィは潤んだ目でガスクを見上げた。首をわずかに横に振って。
「エウリルさま!」
夜の中で、ふいに声が割って入るように響いた。
「エウリルさま! そろそろお部屋に戻って下さい! 外でお眠りになったら、お風邪を召しますよ! それに、ローレンさまとゆっくりお話ができるのは、今夜しかないかもしれませんよ!」
「あの野郎…」
ガスクが不機嫌そうに呟いた。焦ってナヴィが身を起こすと、ランタンの明かりが木々の向こうで揺れた。ナヴィがガスクと顔を見合わせると、ナヴィが持ってきたランタンの明かりを見つけたのか明かりが徐々に近づいてきた。
「何やってるんですか、こんな所で」
アサガが呆れたようにランタンをかざして言った。くしゃくしゃになった髪を押さえながら、地面の上で正座をしてナヴィが何でもないよと答えた。ふてくされたガスクが背を向けて寝ているのを見ると、アサガはお部屋に戻りましょうと声をかけた。
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