もう一度、ローレンに会えたら、話は尽きないだろうと思っていた。
けれど、実際には何から話せばいいのか分からなかった。エカフィの計らいで、ナヴィやアサガと共にローレンもエカフィの屋敷で一泊することになり、広い客間の一室で侍女たちが忙しそうにベッドを整えていた。バルコニーに出て、ローレンとナヴィはしばらく静かに真っ暗な庭を眺めていた。
「お父さまのご病気は、重いのかな」
ふいにポツリと呟いたナヴィの横顔を見ると、ローレンはバルコニーに置かれた椅子に座って息をついた。
「重いと聞いている。一度は意識が戻られたそうだが、それ以外はずっと眠っておられるそうだ。アントニアはお父さまが亡くなられる前にと、戴冠式の準備を急がせているそうだよ」
「…お父さまにお会いしたいな」
バルコニーの手すりに腕を乗せると、そこにもたれてナヴィは夜空を見上げた。春から夏へと変わっても、星はあの夜と同じように恐ろしいほど美しい姿でナヴィを見つめ返していた。ナヴィって呼ばれてたな。ローレンの低い声がして、ナヴィが振り向くと、ローレンはわずかに笑みを浮かべてナヴィを見上げていた。
「いい名だ。誰にいただいたんだ?」
そばに控えていたアサガが、わずかにピクリと眉を上げた。まとわりつくような夏の風が、ナヴィの髪をなでた。バルコニーの手すりをつかんで、ナヴィは答えた。
「ガスクのお母さん。僕の命を助けてくれた人」
「…そうか」
「僕はもうエウリルと呼ばれることの方が、不思議な気がするんだ」
ナヴィが言うと、ローレンはしばらく黙ってナヴィの顔を見つめ、椅子から立ち上がって部屋へ戻ろうと言った。全てが大きく変わってしまった。元には戻せない歪んだ力で。けれど、それは運命だったのかもしれない。
遠い時の彼方から、遥かな未来の先へと糸を紡いで。
「ローレン、僕を信じてくれて本当に嬉しかった。ローレンが僕を信じてくれたように、僕もローレンを信じるよ。でも、返事は少しだけ待ってほしい」
「分かっているよ」
ローレンが口元に笑みを浮かべて答えると、ナヴィはニコリと笑って部屋を横切った。どこへ行かれるんです? アサガが慌てて尋ねると、ナヴィは外へと答えた。
「ガスクが庭にいるみたい。少し話してくるよ」
「いけません、貴族のお屋敷の敷地とはいえ、夜、お一人で外に出られるなど」
「アサガ、僕はもう王子じゃないんだって。いいからアサガはローレンと話してて」
そう言って笑うと、ナヴィは逃げるように素早く部屋の外へ出ていった。エウリルさま! アサガがそう呼びながら部屋から出ようとすると、ローレンは苦笑してアサガを止めた。
「いいよ、好きにさせておやり」
「でも…」
「アサガ、これまでのことを詳しく話してほしい。こんなにゆっくりできる夜は、もうないかもしれないから」
ローレンの言葉に、アサガは渋々部屋のドアを閉めた。僕が知っていることだけを話しても、一晩では終わらないかもしれませんよ。アサガが言うと、ローレンは侍女が用意したベッドに座って肩を竦めた。
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