真夜中を過ぎてようやくスーバルン人たちと別れると、アサガたちの姿はもうなかった。店を閉める主人に宿の位置を聞いてから外に出ると、ガスクは酔って足下の覚束ないナヴィに背を向けてかがんだ。
「ほら。お前、飲み過ぎ」
「大丈夫だよ。すごく楽しかった」
そう言いながらもナヴィがふらついてガスクにもたれると、ガスクはナヴィの手首をつかんで引っ張りあげるように背負った。よいしょ。そう言ってナヴィの体をしっかりと背負い直すと、ガスクは重いなと呟いた。
「お前、ちょっと重くなったんじゃないか」
「うん、そうかな…」
「背も少し伸びてるかもな。まだ十八歳だろ」
「…うん」
今にも眠ってしまいそうなナヴィの体温は、夏の夜に少し熱かった。耳の後ろから響くナヴィの声は、初めて会った頃よりも湿り気を帯びてずっと柔らかく低く心地よく響いた。目を伏せながら宿までの一本道をガスクがゆっくり歩いていると、ナヴィがふいにガスクの体に回した腕に力を込めた。
「ガスク」
「何だ」
「何でキスしたの」
ナヴィの言葉がふわりと浮いて、思わずナヴィを落としそうになってガスクはしっかりとナヴィの体を支える手に力を込めた。降りる。降ろして。そう言われてガスクがナヴィを地面に降ろすと、ナヴィはガスクの手をつかんで歩き出した。
ナヴィに引っ張られるような格好で、しばらく歩いて。
それから、ガスクはギュッとナヴィの手を握り返した。ナヴィが振り向くと、ガスクはお前がと呟いて目を伏せた。
「お前が、バカみたいなことでずっと悩んでたみたいだったから」
「そんなの答えになってないよ」
立ち止まってナヴィが言うと、ガスクは同じように立ち止まって黙り込んだ。ガスク? ナヴィが呼ぶと、ガスクは突然振り向いて身を屈めた。
ガスクの唇は酒の匂いがして、その唇が自分の唇に触れているのを感じながら、少し酔っているのかもしれないとぼんやり考えていた。ナヴィが目を開けていられずに閉じると、ガスクはナヴィの肩を抱いてその頭をつかみ、一瞬息をついてから深く口づけた。ん、と茂みに小さな声が漏れた。頭がクラクラして、ナヴィが一歩下がって道の端に立っていた大きな木にもたれると、ガスクは唇を離してナヴィの顔を両手で挟み、それから囁いた。
「お前が俺に嫌われるかもしれないってずっと考えてたって、そう言ったから」
「…だから、意味が」
目を伏せて呟いたナヴィにもう一度キスして、ガスクはどこか緊張したように真顔で、意味が分からないかと尋ねた。首を横に振ってぎこちなくガスクの首筋に腕を回すと、ナヴィは自分からその唇に自分の唇を重ねた。
ずっと長い間。
こうしたかったような気がする。ついさっきガスクに恋をしたような気もする。
何も考えられない。頭の中がいっぱいになる。
心が。
「…何で出会ったんだろう」
手を絡ませて握ると、ジッと互いを見つめ合った。ガスクがそっとナヴィの耳元に唇を寄せて囁いた。カアッと顔が真っ赤になったナヴィの表情は、暗くてよく見えなかった。そのまま首筋に唇を寄せると、ガスクは汗の匂いのするそこに舌を伸ばした。
「ガスク、あの」
身じろぎをしたナヴィの服の裾から大きな手を差し入れると、ガスクはナヴィの顔を覗き込んだ。白い肌が闇に浮き上がって見えた。ガスクの手が腹から胸の辺りまで辿ると、ナヴィはジッと身を固くしてわずかに息を乱した。
ハティは僕を、薄情だと怒っているだろうか。
でも、もう抑えられないんだ。気持ちが膨らんで、弾けてしまいそうなんだ。
ガスクが好きだ。
ガスクが、好きなんだ。
「…何?」
ガスクの指先がナヴィの胸元で止まった。耳元で囁かれ、一瞬何のことか分からなくてナヴィがガスクを見ると、ガスクは服の中に手を差し入れたまま、ナヴィが首から下げていた小さな袋をつかんだ。
「あ…これは、勝手なことして、ごめん」
「何だよ」
ガスクが手を離して身を起こすと、ナヴィは紐を引いて服の中から小袋を引っ張り出した。それはナヴィの汗を吸って少し湿っていた。怒らない? 先に尋ねるナヴィにイライラしたようにガスクが聞く前からそんなの分かるかと答えると、ナヴィはそうだよね…と呟いて小袋を見た。
「リーチャの…骨」
「え?」
驚いてガスクがナヴィの手元を見ると、ナヴィは目を伏せたまま大事そうに小袋を両手で包んだ。
「リーチャ、ずっとあの娼館を出て色んな所に行ってみたいって言ってたから。でも、本当は色んな所っていうか…それも本音だったかもしれないけど、本当はグステ村に帰りたかったんじゃないかと思って」
「リーチャは村を嫌ってたんじゃないのか」
ナヴィの手の上に自分の右手を乗せてガスクが言うと、ナヴィは首を横に振って答えた。
「口では嫌ってるように言ってたけど、リーチャはよく村の話をしてた。リーチャとはほんの少ししか一緒にいられなかったけど、宝物を見せてくれるみたいに、リーチャは村でのことをたくさん話してくれたんだ」
視線を上げてガスクを見ると、ナヴィは小袋を強く握りしめた。
「だから、いつか僕はリーチャを連れて、グステ村に帰りたい」
「…そうか」
低い声で呟いて、ガスクはナヴィをリーチャごと抱きしめた。その時は俺も行く。愛おしそうにナヴィの体を抱く手に力を込めてガスクが呟くと、ナヴィは頷いてガスクの背に腕を回した。
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