夏の暑い盛りに、白い石畳の道を貴族の馬車が時々思い出したように通り過ぎた。
窓の外を通る馬車の音が遠ざかるのを聞きながら、スラナング男爵の屋敷の一部屋に通された三人は、緊張した面持ちで男爵が来るのを待っていた。ヤソンは三人をスラナング家の執事に任せ、報告のためか先にスラナング男爵の元へ行っていた。手際よく紅茶を出してどこか不具合はないかと尋ねると、大丈夫だというガスクの答えに頷いて執事は部屋のドアのそばに控えた。
「落ち着かねえな。いつまで待たせんだ」
イライラしたように膝を揺らして、ガスクが呟いた。
「行儀よくして下さいよ。ここはこれまでの宿屋とは違うんですから」
末席に座っていたアサガがガスクをにらむと、ガスクは顔をしかめてから椅子の上で片膝を立てた。礼儀だよ。ナヴィが言うと、ガスクは小さく息をついて椅子にきちんと座り直した。
紅茶のカップから上がる湯気が、徐々に薄く見えなくなってきた。それが完全に消える頃、部屋の外で足音が近づいてきて、ガスクたちは一斉に立ち上がった。
「お待たせして申し訳ない。ああ、あなたですね。スーバルンゲリラのリーダーという方は」
にこやかな表情で現れたスラナング男爵は、柔和な顔立ちで小柄な体つきをしていた。男爵の後ろにはヤソンを初め、数人の平民が付き従っていた。ガスクが先に右手を差し出すと、スラナング男爵はしっかりとその大きな手を両手でつかんだ。
「ガスク=ファルソだ。一応、スーバルンゲリラのリーダーを務めている。先の内戦では敵同士だったが、志のために今は憎しみを胸に秘そう」
「プティ市長を任ぜられております、エカフィ=ド=スラナングです。よろしく。あなたと実りある話ができるよう、努力しますよ」
「そうしてもらえるとありがたいな。こちらも、あんたたちの力になれるよう努力するつもりだ」
互いにギュッと力を込めて手を握ると、ガスクは珍しく初対面の人間に軽く笑みを見せた。その様子を隣で見ていたナヴィに視線をやると、スラナング男爵は優雅に会釈をして手を差し出した。
「エウリルさま、再びお会いできて光栄でございます。エカフィと呼んで下さい」
「あの…」
突然のことにナヴィが戸惑うと、アサガが後ろからナヴィの背をつついた。ナヴィが王宮でいつもしていたように男爵が差し出した手に自分の右手を乗せると、スラナング男爵はその手に軽いキスを落として微笑んだ。
「あなたは僕を知っているのですか。僕はあまり公式の場には出ていなかったし…出ても必ず父や兄たちと一緒だったから、覚えている者は少ないと思っていたが」
「エウリルさまがご幼少の頃、一度だけ剣のお相手を」
「本当ですか…覚えておらず、申し訳ない」
真っ赤になってナヴィが答えると、スラナング男爵は目を細めてにこりと笑った。
「今、あなたたちにぜひとも会わせたい方を、人をやってお招きしている所です。それまでは、どうぞこちらでおくつろぎ下さい。今、食事の用意もさせておりますから」
「よければ、あんたの口から現在の状況を聞きたいんだが。俺の仲間もあんたたちには期待してる。できるだけ早く、いい報告をしたいんでね」
ガスクがスラナング男爵に言うと、男爵は懐中時計を取り出し、申し訳ないが私は行かねばならない所があるのですと答えた。ガスクがピクリと眉を上げると、話を聞いていたヤソンがおかしそうにその表情を見て答えた。
「エカフィは市長だけあって、こう見えても忙しいんだ。君たちに現状を説明するのは、俺でも構わないだろう」
ヤソンの言葉に、それなら旅の途中でも、ダッタンでもできたのではとアサガが尋ねた。それに。アサガの言葉に付け加えるように、ナヴィがヤソンを見上げて口を開いた。
「それに男爵、あなたがプティ市警団のリーダーなんでしょう? ガスクはあなたから説明を聞くためにここまで来たんです」
ナヴィの言葉に、ヤソンの周りにいた平民たちが笑った。呆気にとられてガスクたちが男爵を見ると、男爵は笑みを浮かべたまま穏やかに答えた。
「私はヤソンに、資金集めのための交易の元金と船を貸しただけですよ。その他にも色んな相談に乗ることはありますが、私が市警団のリーダーなんてとんでもない」
「え、それじゃ…」
ナヴィがヤソンを見ると、ヤソンは組んでいた腕を解いてにこやかに笑いながら答えた。
「俺がプティ市警団リーダー、ヤソン=グラインだ。騙すつもりはなかったが、君たちと旅をすることで君たちがどんな人間なのかを見たかったんだ。それにダッタンでも話したが、プティには君たちにぜひ会わせたい方がいるのでね。わざわざ一緒に来てもらったという訳だ」
ヤソンの言葉に、ガスクが頬を紅潮させて、まさかあんたがリーダーだとはなと呟いた。改めて強くヤソンと握手をすると、ガスクは詫びのつもりでしっかり説明してもらおうかと言ってニッと笑った。
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