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王宮で行われた貴族を招いての晩餐会はサニーラの提案で、王宮の中でも一番立派な大広間で行われた。
アントニアの戴冠式を間近に控えていることもあって、今回は王宮への忠誠を確かめる意味もあり、王宮に集まった貴族たちの間では緊張感でどこか雰囲気が高揚しているように見えた。
ローレンもエウリルもいない晩餐会で、その名は口にされることなく、中にはローレンと盟約を交わしたもののどちらへつこうか迷っている者もいた。表面上は穏やかに、裏では腹の探り合いのような談笑が続いて、豪華な晩餐が終わると、着飾った貴族たちはサロンや明かりを灯した庭へ移動していった。
アリアドネラの称号を継いだフリレーテは、王太子と最も近しい伯爵として、大勢の貴族から次々と取り囲まれた。王太子の用意した美しい衣装に身を包み、私など若輩でございますと言い続けて少しずつ輪から離れると、フリレーテは王宮の庭の外れまできてホッと息をついた。
何だ、この茶番は。
うっとりと美しい燭台の火を眺めながらワイングラスを傾ける貴族の婦人たちに視線をやると、フリレーテは薄暗い木の下で生け垣の枝を折った。美しい水の流れの中では生きられない魚もいる。淀んだぬるい水たまりの中でなければ息ができない者もいる。
ふいに場がざわめいて、少し離れた所にいたフリレーテが振り向くと、貴族たちの視線の先には夫人を伴ったシャンドランがにこやかな笑みを浮かべていた。王妃と王太子を中心とした輪を見つけると、シャンドランは大股で王妃に近づいた。
「王妃さま、本日はお招きいただき光栄にございます。王妃さま、並びに王太子さまのご多幸をお祈り申し上げます」
王宮と相対する立場にいるはずのシャンドランの口から、招待されたという言葉を聞いた周囲の貴族たちは、怪訝そうな表情をする者や、あざ笑うように目を細め扇で口元を隠す者もいた。シャンドランの言葉を正面切って聞いていた王妃は、鮮やかに笑みを浮かべて手袋をした右手を差し出した。
「シャンドラン男爵、王宮でお会いできるのを楽しみにしておりました。今宵はどうぞお楽しみになって」
ざわりと周囲が騒がしくなった。その場に跪いて王妃の指先を取り軽くキスをすると、シャンドランは夫人と共にお辞儀をした。公式の場で二人が言葉を交わすのは初めてのことだった。随分、堂々といったな。歓談を続けている二人と、その周囲で我先に会話に加わろうとする貴族たちを見ると、フリレーテは一番そばにいた侍女からワイングラスを受け取った。
「悪目立ちし過ぎだな」
ふいに大きな声が響いて、フリレーテがそっと声の方向を見ると、貴族出身の司令官が着る、他のものに比べて都雅な軍服を身につけた男が王妃たちを眺めていた。空に近いワイングラスを手に、笑みを浮かべて男はそばにいた同じ軍服姿の青年に話しかけた。
「幼い頃からハイヴェル卿と共に王宮に出入りしておられた、そのあなたの目から見ると、あの姿はどう思われます」
男は少し酔っているように見えた。話を聞いているのはハイヴェル伯爵の御曹子か。もう一人は誰だ。さりげなく休んでいるように見せながら耳を澄ませてフリレーテが話を聞いていると、ルイゼンが男をチラリと見上げて答えた。
「さあ、私の務めはこの国を守ることですから。シャンドラン氏が王妃と共にこの国を守られるのなら、私はその手助けをするまでのことです。パヴォルム、あなたもそうお思いだと思っていましたが」
「あなたは若いな。固い。父君はもう少し柔軟な考え方をしておられるようだが」
自信ありげに笑って、パヴォルムと呼ばれた男はテーブルに置かれたバゲットの一切れを取り上げてちぎった。
そうか。
そっとその場を離れると、フリレーテは所々で照らされた明かりを避けるように王宮の建物の方へ移動した。パヴォルムという名で思い出した。あの男は世襲でハイヴェル卿の第一軍の司令官を務めるヴァンクエル伯爵の一人息子、パヴォルムだ。
シャンドランを笑っていたが、自分だって中々の野心を持っていそうだな。
そっと振り向くと、パヴォルムはシャンドランたちの方を向いて話すルイゼンのスッキリとした首筋を、酔って潤んだ目でちらちらと見ていた。何だ、そういうことか。呆れたように息を吐いて、フリレーテは王宮へ入った。ハイヴェルの息子など、抱いた所で面白くも何ともないだろうに。
王妃や王太子が外にいるせいか、王宮の建物の中は衛兵や侍女たち以外にはほとんど姿がなかった。どちらへおいででございますか。フロアを守っていた衛兵がフリレーテに声をかけ、アリアドネラだ、自室へとフリレーテは言葉少なに答えた。 |