他人と肌を合わせるのは初めてではなかった。
一年前、エウリルの婚約が決まった時、ハイヴェルの屋敷に勤めていた侍女を誘った。彼女の母はオルスナ人だった。夢中で抱いた後、責任を取ろうとして父に咎められた。結婚もしていない伯爵家の総領息子が、侍女を妾になど許されぬと。
彼女を愛しているわけじゃなかった。
でも、彼女は自分が彼女を愛していないことを知っていた。立場のため仕方なくか、それとも。
「ルイゼン…愛してる」
自分を抱くこの男の手に憎しみを感じた。これまで抱いていた尊敬の念はどこかへ消え去り、後には嫌悪が残った。それでも、逃げようとすれば逃げられるのに身を委ねるのは、自分の弱さのせいだ。
「…許さない」
背を向けたまま呟いたルイゼンの体を、パヴォルムは後ろから抱きしめた。ほっそりと長い首筋が美しかった。その肩に吸いついて赤い跡を残すと、パヴォルムは満足げに目を細めてルイゼンの胸をまさぐった。
「…っ」
「頭では許さないと思っていても、拒まなかったのは君の方だ。ルイゼン、まさか生娘のように無理矢理犯されたと言って通るとでも思ってるのか」
肩ごしにルイゼンの顔を覗き込んで、パヴォルムは自分を睨みつけるルイゼンの唇にそっとキスをした。それは柔らかく優しく、そのまま応えてしまいたくなるほど熱っぽかった。それでも体を強張らせると、ルイゼンはパヴォルムを押し返してベッドのシーツで自分の裸体を隠した。
「どうする? 理由なく俺を降格にするか。それとも君のパートナーとしてこれまで以上にそばに置くか? 選ぶのは君だよ、ルイゼン。俺は君がこの先、誰を妻に迎えようと構わない」
「じゃあ何のために…何のために私を抱いたんだ」
「何度言わせるんだ。愛してるからだよ。君が誰か他の人間を娶らなければならないのは、ハイヴェルの人間として避けては通れないことだ。第一、俺だってもう妻がいるんだ。なのに、君には独り身でいろなんてそんな都合のいいことは言えまい」
間違ってる。
そう言いたかったけれど、言葉が出なかった。朝の光がうっすらと窓から差し込んでいた。ベッドから降りて床に落ちていた下着を取り上げると、ルイゼンは黙ったまま服を身につけた。
「帰る。職務以外では話しかけるな」
「ルイゼン、夕べ言ったことは全部本当のことだよ。君は一人で悩む必要はない。君が動けないなら、私がやろう。君は命じるだけでいいんだ」
振り向いてパヴォルムを見ると、ルイゼンは黙ったままドアに向かった。
「ルイゼン! 私の別邸を知ってるだろ! そちらへ連絡をくれればいつでも会いにいく!」
パヴォルムが声をかけると、ルイゼンは一瞬足を止め、そのまま部屋を出ていった。ベッドの上に裸をさらしたまま座ってそれを見送ると、パヴォルムは笑みを浮かべた。
必ず、ルイゼンの方から会いにくる。
ハイヴェル卿にも言えないことで、何か悩んでいる。晩餐会の夜、アントニアさまを追っていくルイゼンの姿はどこか切羽詰まっていた。俺ならルイゼンと違って秘密裏に動かせる軍隊も持っている。必ず、俺に会いにくるはずだ。
そのために、箍が外れるほど快楽を与えてやったのだから。
何度も喘いでは、見たこともないほど乱れた表情で抱かれていたルイゼンを思い出すと、パヴォルムはボサボサになった髪をかき上げて息をついた。あんなに溺れるとは思わなかった。ベッドから降りて裸のまま窓辺に寄ると、外までルイゼンを追いかけてきた侍女たちが朝食をと引き止めているのが見えた。そのスラリとした体を見ると、パヴォルムは窓を開け放してからまた薄暗いベッドへ戻った。
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