ドアをノックしてナヴィが中に入ると、部屋にはローレンやユリアネの他にも、ヤソンやガスク、トアル、それに会ったことのない平民らしい男たちが数人立っていた。そのほとんどが、ドアが開くと一斉にナヴィを見た。ナヴィが少しひるむと、ローレンは書斎の椅子に腰掛けたままナヴィにソファを勧めた。
「今、エカフィが来るから、それまでリラックスしていてくれ」
固まっているナヴィを見て、ローレンが苦笑いしながら書斎の大きな机の上で手を組んだ。
「彼らはヤソンを通じて知り合った、周辺の町で自警団を営んでいるリーダーたちだ。王宮には知られていないものもいくつかある。挙兵となれば彼らも私たちと共に戦うと言ってくれている」
「エウリル王子か。アストリィで行われたパレードで見たことがあるよ」
一番そばにいた男が、屈強そうな右手を差し出しながら言った。その手を遠慮がちに握ると、ナヴィはよろしくと小さな声で答えた。男たちを見回して最後にガスクと目が合うと、ガスクは笑いを堪えていて、ナヴィはピンと背筋を伸ばして他の男たちともしっかりと握手を交わした。
「ヤソンから聞いたけど、王宮で謂れのない罪を被せられたそうだな。本当に大変だったな」
「今、プティ周辺の地下組織ではその噂で持ち切りなんだぜ。元々、第二王妃は王子と一緒に離宮で質素に暮らしてるって、みんな好意を持ってたんだ」
王宮の他の人間に比べたらだけどな。ナヴィのそばにいた男たちが続けて話しかけた。ナヴィがそれは…と言いかけると同時にドアが開いて、スラナング男爵が珍しく足早に部屋に入ってきた。
「エカフィ。今、エウリルをみんなに紹介…」
「まだ未発表だが、アントニア王太子の即位が決まった」
ローレンとスラナング男爵の声が重なった。
驚いてナヴィが目を見開くと、スラナング男爵は頷いた。貴族院で承認されたばかりだ。そう言って一息つくと、スラナング男爵は周りを見回した。
「私は今、アストリィから戻ったばかりだから、即位式の日程はまた追って発表されることになるだろうが…もし即位となれば、世相も変わるかもしれない」
「王太子とは戦えても王に刃を向けるのは躊躇する貴族は、いるだろうな」
腕を組んで話を聞いていたガスクが低い声で言うと、エカフィはガスクを見て頷いた。それじゃ、どうなるの。ナヴィが尋ねると、ローレンは言葉を選びながら答えた。
「挙兵を早めることになるだろう。ヤソン、武器の調達はこれ以上急がせることはできないのか」
「これまでだって最短でやってるんだと言いたい所だが、そうも言ってられないな」
真顔でヤソンがローレンを見ると、ローレンは固い表情で話した。
「みんな、聞いての通りだ。それぞれ仲間に伝えてくれ。時は来たと。いつでも戦えるよう心づもりを」
男たちが頷くと、ナヴィはチラリとガスクを見た。ガスクも行くんだな。そのためにここへ来たのだから。考えながらナヴィが目を伏せると、ふいにヤソンの隣にいたトアルがナヴィを見て口を開いた。
「しかし、いくら民衆のため圧政を打破するためとは言っても、俺たちには王宮に反する揺らぐことのない『正義』がないとは思わないか。ローレンやエカフィには悪いが正直、貴族なんて当てにはできないと俺は思ってる。ただ挙兵をと言っても、それに加わらなければならないほどの確たる後押しが必要なんじゃないか」
「どういう意味だ。はっきり言えよ」
ヤソンが促すと、トアルはローレンへ視線を移した。
「俺はヤソンからエウリル王子が罪に陥れられたと聞いて、真っ先に思ったのがそれだった。俺たちはエウリルを掲げて戦うべきなんじゃないか。ソフの教義では親族殺しは重罪だ。俺たちは国民の総意として王太子を糾弾すべきだ」
「でも、アントニアは本当に僕が母を殺したと思っているんだ」
「だが実際に、エンナ王妃を殺したアリアドネラ伯爵は王太子の愛人に収まっている。これでは、王太子とアリアドネラが共謀して第二王妃を殺したと思う奴だっているだろうよ」
怒りに満ちたトアルの声に、ナヴィは黙り込んだ。
お母さまを殺したフリレーテを許すことはできない。アントニアが僕を母親殺しの罪人と決めつけて、僕を死ぬまで牢に閉じ込めようとしたことはローレンから聞いた。
でも、僕は。
「そうだ、王子が生きてここにいることは天命かもしれんぞ。このことは広く国中に知らしめるべきだ。非道な王宮のやり方を」
別の男がそう言うと、他の自警団のリーダーたちも次々に賛成だと声を上げた。その様子を見ていたガスクが口を挟もうと顔を上げると、それを遮るようにユリアネが声を張り上げた。
「待って下さい。それはエウリルさまを危険な目に遭わせるということでしょう。王宮はそれでなくてもエウリルさまの命を狙って兵を出してる。エウリルさまの身の安全を考えて、オルスナへエウリルさまをお連れするために私はここへ来たのよ」
ローレン、あなたの考えもそうなんでしょう。ユリアネが振り向いてローレンを見ると、それまで黙っていたローレンが椅子から立ち上がった。
「エウリルはまだこの戦いに参加するかどうか迷っている。彼を戦いの中心に引っぱり込むことには、私は反対だ」
「俺たちだって、嫌がる奴を無理矢理戦わせることなんてしないさ。でも、王子にとってもこれは汚名を晴らすチャンスなんじゃないのか。戦いに勝てば、王宮から追われることもなくなるんだ」
トアルが熱意を込めて、ナヴィの肩をギュッとつかんだ。
僕は…僕には。
瞳を揺らしてトアルを見上げると、それからナヴィはユリアネを見た。ユリアネやローレンが僕の身を案じてくれているのは分かってる。でも…僕で役に立つことがあるのなら。
部屋はシンと静まり返っていた。トアルがそっと手を離すと、ナヴィはユリアネを真っすぐに見つめて口を開いた。
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