アストラウル戦記

   15

 ナヴィを追ってきた王宮衛兵や、対スーバルンゲリラ部隊たちとも違う。
 圧倒的に、組織力が強い。額から血を流しながら、ナヴィの肩を抱いてガスクは降り掛かる剣を自分の剣で受けた。それはギィンという音を立ててはね返り、クッと眉を潜めてガスクはナヴィに逃げろと言って背を押し出した。
「ガスク!」
 ノヴァン伯爵の敷地を抜けて、ようやく隙をついて塀を乗り越えた所にも兵士は配備されていた。さっきからポツリポツリと雨が降り始めていた。じわじわと追いつめられて、ガスクは両手で剣を構えて肩ごしに叫んだ。
「先に行け! お前一人なら逃げられる!」
 さっき切られた足がドンドン痛みを増して、ガスクは眉を潜めた。王立軍兵は相当手練を集めた部隊らしく、多勢で二人を徐々に囲い込んでいた。剣を持った武装兵士の向こうに弓を構えた兵が見えて、ガスクはナヴィを抱えるようにしてかばった。
「ガスク!」
 悲鳴にも近いナヴィの声が響いた。
 ガスクの脇腹に突き抜けて刺さった矢から、血が伝ってポトリと地面に落ちた。いってえ。低い掠れた声が響いて、ガスクがナヴィの肩に額を押しつけた。ガスク、ガスク! 剣を右手に持ったまま左手でガスクを支えると、ナヴィは脂汗を滲ませたガスクの顔を見てから周囲を見回した。
 どうすればいい。
 どうすれば逃げられる。
「エウリル王子、投降して下さい。これ以上、逃げることはできない」
 部隊の曹長らしい男がそう言って、ガスクの背に剣の切っ先を向けた。苦しげに歯を食いしばり、矢じりを握りしめたガスクを抱きかかえると、ナヴィは血の滲みる右目を閉じたまま息を飲んで兵士を見上げた。
「お前たちが狙っているのは僕一人だろう。僕が投降すれば、この人を逃がしてくれるか」
「ナヴィ…バカ野郎」
 グッとナヴィの腕をつかんで、ガスクが低い声で囁いた。ガスクの呼吸が乱れて、ナヴィはまぶたについた血を拭って軍曹をジッと見つめた。どこにも隙はなく、すでに周りを囲まれ剣を突きつけられていた。ガスクだけは、死なせる訳にはいかない。どうすればガスクを助けられる? 必死に考えても答えは出ず、ナヴィは息を潜めた。
「それはできません。王子、あなたと一緒にいるスーバルン人はガスク=ファルソと聞いています。ゲリラのリーダーは見つけ次第、ダッタンへ連行することになっています」
 キュッと唇を噛むと、ナヴィは剣を振りかぶった。それは兵士たちの剣に当たって固い音を立てた。ガスク、逃げて! 腹の傷を押さえて顔をしかめたガスクにナヴィが叫ぶと、ガスクの後ろにいた兵士が、手に持っていた戦棍でガスクの首筋を殴りつけた。
「…! ガスク!」
「取り押さえろ!」
 ナヴィと軍曹の声が重なった。
 呻き声と共に、膝を折ってガスクは地面に倒れ込んだ。駆け寄ろうとしたナヴィの後ろから兵士がその体を羽交い締めにした。離せ! 揉み合っている間に手にしていた剣がカランと音を立てて落ちた。気を失ったガスクの体を、兵士が数人で抱え上げた。
「ガスク! ガスク!!」
 狂ったように暴れて名を呼び続けるナヴィを、兵士が二人掛かりで取り押さえた。それでも引きずられて、懸命に押さえた兵士が早く縛れと声を荒げた。太い麻縄で手を縛られ、ガスクが馬車に乗せられているのを見ながらナヴィは必死に叫んだ。
「やめてくれ! 僕を捕まえればそれで満足なんだろう!? ガスクに触るな!!」
「大人しくしろ! これよりエウリル=ド=ルクタス=サウロンを王宮へ連行する!」
 軍曹が号令をかけると、兵士たちがナヴィを引きずるようにしてガスクを乗せたものとは別の馬車に押し込んだ。騒ぎに気づいた貴族たちは、巻き込まれないよう自邸に引きこもっているのか、大通りには兵士たち以外の誰の姿も見えなかった。馬車が進む音が響いて、編隊を組んで兵士たちが東に向かって進みはじめると、軍曹はそばにいた兵士に思ったよりも手間がかかったなと呟いてから、負傷兵を収容するよう指示を出した。

(c)渡辺キリ