プティ市内でスーバルン人を一度に大勢見かけるのは珍しかった。
以前、ダッタンでヤソンが連れていたプティ市警団の使者が、スーバルン人たちを出迎えた。そのままスラナング男爵が持つ別邸に連れていかれると、そこで事情を聞いたスーバルン人たちは血相を変えて息巻いた。
「王立軍に捕まったってどういうことだよ! 俺たちはただの平兵士を預けた訳じゃねえんだぜ」
バンと大広間のテーブルを叩いて、ナッツ=マーラが怒鳴った。
「すまない。今、エウリルとガスクの救出作戦の準備をしている所だ。人員が集まり次第、馬で出発…」
「エウリル!? エウリルって、第四王子か? なぜガスクと一緒に…」
状況を説明する市警団のメンバーの言葉に、ナッツ=マーラの後ろで話を聞いていたスーバルン人たちが、ざわりとざわめいた。みんなに言うの忘れてたな。顔を歪めて舌打ちをしたナッツ=マーラを見て、グウィナンが冷静に尋ねた。
「それで、どういう状況で捕まったんだ。あれでも修羅場はいくつもくぐり抜けてる。そう簡単に捕まる男じゃないはずだが」
「我々もその場にいた訳じゃないんだが…エウリルがスーバルン人のために教師をダッタンへ派遣しようと、貴族で学者をしている恩師を訪問した時、物量作戦に出た王立軍兵に囲まれたらしい。プティの北東にある屋敷から、そのまま護送されてカロクン川で船に乗せられた所まで分かっている」
「カロクンなら、そのまま西へ遡ってアストリィへ向かったんじゃないか。いや、ガスクはダッタンで下ろされて、内戦部隊に引き渡されるかもしれない。管轄が違うからな」
両腕を組んでグウィナンが言うと、ナッツ=マーラは少し考えてから重いため息を吐き出した。
「ナヴィの奴、そんなことを…それならあいつがダッタンに残って、文字でも計算でも教えてくれりゃよかったんだ」
ナッツ=マーラの言葉に、スーバルン人たちが一斉にナヴィ!?と声を揃えて驚いた。しまった。ナッツ=マーラが口をつぐむと、後ろにいたスーバルン人たちが次々とナッツ=マーラに詰め寄った。
「ナッツ=マーラ、それはナヴィがエウリル王子だったってことなのか!? ナッツ=マーラは知ってたのか!」
「何で秘密にしてたんだよ!」
騒然となって、ナッツ=マーラはちょっと待てと彼らを押さえた。ナッツ=マーラの声は他のスーバルン人たちの声にかき消されて、プティ市警団の男たちがそれを押さえようと動くと、ふいにグウィナンがそばにあった椅子を力一杯蹴り飛ばした。
それは大きな音を立てて、床に転がった。騒がしかった部屋は一瞬静まり返って、ナッツ=マーラが驚いて呆然とグウィナンの名を呼ぶと、グウィナンはさっきと同じように冷静な表情でスーバルン人たちを見た。
「ナッツ=マーラが話さなかったのは、お前らがそうやって無意味に取り乱すのが分かってたからだ。あいつがエウリルだから、何だって言うんだ。あいつの度を超えたバカさ加減はダッタンにいた頃に十分見ただろう。あいつは王子だからと言って、俺たちを裏切ったり騙したりできるような賢い人間じゃない」
「グウィナン、その言い様は…」
珍しく気を使ってナッツ=マーラが呟くと、グウィナンは蹴り倒した椅子を平然と起こしてから、また口を開いた。
「ナヴィがスーバルン人に教師をと思ったのは、娼館で文字を読めない、計算もできない奴らを見たからだろう。俺たちは町を守るのに精いっぱいで、そこまで手が回らない。そこで貴族に頼ろうとする所が、あいつの甘さだけどな…」
「ナヴィは俺たちのために捕まったようなもんだぜ。あいつを見殺しにして、俺たち明日から平気な顔して生きていけんのかよ」
若いスーバルン人の一人が言うと、周囲にいた男たちがそうだなと次々に同意した。暴動が起きたサムゲナンの方は別働隊が動いてんだ。俺たちはまずあいつらを助けにいこうぜ。別の男がそう言って、ナッツ=マーラがホッとしてグウィナンを見ると、ふいに部屋のドアが開いた。
「グウィナン、ナッツ=マーラ、ガスクを助けたいなら来て下さい。作戦を説明したら、出発します」
丸めた地図を持ったアサガが、既に武装した格好でスーバルン人たちを見た。知らせにきてくれたのか。そう言ってグウィナンがスーバルン人たちをかき分けると、その後について部屋を出ながら、ナッツ=マーラはスーバルン人たちにここで待つよう指示した。
「出世したじゃないか、アサガ。王子の子守から」
廊下をアサガについて歩きながら、腰に差した立派な剣や胸当てを見てナッツ=マーラがからかうように言うと、アサガはチラリと振り向いてナッツ=マーラを見ながら不機嫌そうに答えた。
「全部、借り物です。僕はエウリルさまを助けたいだけなんだ」
「俺たちも作戦に加えてもらえるのか。最悪、俺たちは俺たちでダッタンに戻ることになるかもしれんと思ってたが」
グウィナンが尋ねると、アサガは廊下を大股で歩きながら忙しなく答えた。
「我々は既にガスクと共闘を確約しています。スーバルン人であることを理由に差別されることは、ここではありません」
「もっと簡単に言ってくれよ」
ナッツ=マーラがイライラしたようにアサガの顔を覗き込むと、アサガはナッツ=マーラを見上げて答えた。
「対等な立場で手を組んだ、ってことです」
「あんたらの大将とか? あんたらの大将って結局、誰なんだ」
「我々のリーダーは、ローレン=ド=ルクタス=ヴァルカン。第二王子です。もう王位継承権はお持ちではありませんが」
「ヴァルカン公!?」
思わずナッツ=マーラが立ち止まった。急いで下さい。振り向いて言うと、アサガは階段を駆け降りた。
「随分、大物が引っかかったな」
ナッツ=マーラを促して、グウィナンがニヤリと笑いながら階段を降りていった。その後を慌てて追いかけると、ナッツ=マーラは息をついて、一国の王子が俺たちと手を組むなんてなあと小さな声で呟いた。
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