「護送されている途中は確かに奪還しやすいと言えますが、状況から見て、王宮で収監されてからの方がエウリルさま近辺の警備が手薄になる可能性が高い。なんせ王宮内ですからね。こちらは王宮の見取り図です。ローレンさま、もしエウリルさまが王宮内で収容されるとしたら、どこだと思われます?」
「…エウリルの罪をどう捉えるかにもよるが、王妃殺しは王宮の醜聞。アントニアは恐らく王妃殺しの一件を伏せ、エウリルを反逆者として投獄するだろう。王族が反逆罪で捕らえられた場合、収容されるのはここだ」
そう言って、ローレンは地図上のある一点を指差した。それは王宮の地下に作られた牢獄で、王族以外には知られていなかった。王宮にこんな所が…。アサガが呟くと、ユリアネはイルオマを見て口を挟んだ。
「そうね。それでなくても、エウリルさまは一度、王宮から脱出している。以前と同じ牢獄に繋がれることはないわね」
「捕まったのがガスク一人なら分かりませんが、エウリルさまは腐っても王子、王宮外にある牢獄へ連れていかれることはありません。扱いに困りますからね。恐らく、ローレンさまの仰った通りでしょう」
「しかし、私は王宮を出た身。王宮へ戻ってエウリルを助けるのは至難の業だぞ」
「いくらナヴィを助けるためとは言え、ローレンを王宮へ行かせるなんてできないぞ」
ローレンに続いてヤソンが顔をしかめて言うと、イルオマは地図から視線を上げて答えた。
「ローレンさまにはここに留まっていただきます。貸していただきたいのは、ローレンさまの王宮に関する知識です。私たちが王宮へエウリルさまを助けに向かうまでに、どの時間にどのルートを使えば一番安全なのかを考えていただきます。その間、私は王宮のツテを辿ってエウリルさまの居場所の裏を取り、武装の準備を」
「それなら、俺の仲間を連れていけ。素人の市警団とはいえ、これまで王宮の軍兵よりも手強い海賊たちを相手に、対外貿易で船を守ってた奴ばかりだ。役に立つだろう」
「ありがとうございます。それでは、準備を」
ヤソンの言葉に地図を置いたままイルオマが礼を言うと、アサガが焦ったようにイルオマの腕をつかんだ。
「僕も! 僕も一緒に行きます。子供の頃から出入りしてたんだから、少しは王宮に慣れてる。エウリルさまを助けたいんです」
その言葉にイルオマが頷くと、ユリアネが私もと言いかけて、それからドアの外で人が駆けてくる音に気づいた。ドアが開くと、その場にいた全員が駆け込んできた男を見た。
「大変だ! サムゲナンで大規模な暴動が!」
「暴動?」
驚いてローレンが尋ね返した。落ち着いて、状況を説明しろ。ヤソンが言うと、市警団のメンバーである男はヤソンを見て、はあはあと大きく肩で息をしてから答えた。
「飢饉に加えて、サムゲナンに住むスーバルン人と一部のアストラウル人に、王太子即位のための重税がかかった。それが引き金になって、サムゲナンの住人たちが農具で武装して王立軍に向かっていったらしい。今、サムゲナン全域に広がっている暴動を鎮圧する名目で、周辺の王立軍がサムゲナンに集まっている」
「サムゲナン…」
呆然と繰り返して、イルオマがふいに我に返ったように男の両腕をつかんで問いただした。
「民間人は!? サムゲナンに住むスーバルン人はどうなってるんです!?」
「イルオマ、落ち着いて!」
ユリアネが後ろからイルオマを引き戻すと、イルオマに腕をつかまれた男が眉を潜めたまま答えた。
「詳しくは分からないが、蜂起したのはサムゲナンに住む民間人だと聞いている。かなり大規模な暴動だから、それに参加していないスーバルン人がいたとしても、軍兵に制圧されれば」
話の途中で、イルオマが男を押しのけて部屋を出ようとした。待って下さい! 懸命にイルオマの腕をつかんで止めると、アサガが真っ赤になって叫んだ。
「イルオマ、エウリルさまはどうするんだよ!」
「サムゲナンには家族がいるんです!! 子供はまだ小さいんです! 暴動に巻き込まれて死ぬかもしれない! 私が助けなきゃ…」
「イルオマ!」
アサガを引きずるように部屋を出たイルオマを、ユリアネが追いかけた。ローレンとヤソンも廊下に出ると、ユリアネはイルオマの手をつかんでギュッと強く握りしめた。
「私も行く」
「ユリアネ」
驚いてイルオマがユリアネを見ると、ユリアネは振り向いてヤソンを見上げた。
「ヤソン、ルートを確保したら、アサガと市警団数人を連れて王宮へ向かって。ローレンは私設軍のメンバーに護送船の行き先を調べさせて、それからダッタンへ運ばれるガスクを地上で奪還するの。私はイルオマと、サムゲナンでイルオマの家族を助けたらすぐに王宮へ向かう」
「ユリアネ、ダメだ! 暴動の起きたサムゲナンは危険だ。いくら君が強くても」
ローレンが強い口調で言うと、ユリアネはローレンに笑いかけた。
「この人、一人じゃ馬にも乗れないのよ。誰かがついていかなきゃ、サムゲナンに着く前に殺されてしまうわ」
「ユリアネ!」
「アサガ、あなた眼帯は外していきなさい。もう傷は目立たなくなってるでしょ。目は塞がってるけど、その眼帯は目立つし余計に死角が増えるもの。それに、王立軍にエウリルさまと一緒にいた眼帯の男として手配されてるかもしれない」
「ユリアネ姉さん…」
「必ず、エウリルさまをお助けして。お願い」
そう言って、ユリアネはアサガの手をキュッとつかんだ。ユリアネに促されてイルオマが駆け出すと、ローレンが死ぬな!と大声で叫んだ。
「すみません! サムゲナンで家族と会えたら、必ず王宮へ向かいます!」
振り向いて、イルオマが答えた。そばにいたユリアネが、ローレンを見て頷いた。二人が行ってしまうと、アサガがヤソンを見上げて口を開いた。
「僕たちも武装の準備を。ひょっとしたら…」
「そうだな。サムゲナンでは終わらないかもしれない。とっととガスクとナヴィを助けてこっちに戻らなきゃ」
そう言って、ヤソンは振り向いてローレンを見た。
「イルオマの奴、ナヴィの居場所を探るのに王宮でのツテを辿ってって言ってたな。除隊したはずだから王立軍とは無関係になってるはずだけど」
書斎に戻りながらヤソンが言うと、ローレンは少し考えて、それから一人心当たりがあるけどと答えた。僕もあります。アサガがローレンを見上げると、ローレンは広げた地図の前に戻りながら呟いた。
「でも、向こうは応じてくれるかな…」
「イルオマがツテと言ったのですから、話を通す自信はあったんじゃないですか。僕もやれるだけのことはやってみます」
「じゃ、アサガは馬で先行してアストリィへ。俺はガスクを助ける算段をしたら、すぐに仲間をアサガと合流させる。それでいいか」
アサガの言葉にそう答えると、ヤソンは窓の外で激しく降り続く雨を眺めた。死ぬなよ。誰にともなくそう呟くと、ヤソンはさっきサムゲナンの暴動を伝えた男に市警団の仲間を集めるよう指示した。
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