エンナ王妃と共にずっと王宮で暮らしていたユリアネは、アストラウルの南部へ行くのは初めてだった。邪魔にならないよう髪を高く結い上げ、軽武装でイルオマを乗せて馬を走らせながら、ユリアネは声を張り上げた。
「ちょっと! しっかりしてよ!! あなたが道案内してくれなきゃ、サムゲナンに着けないわよ!」
ユリアネの声に、体を強張らせて黙っていたイルオマがユリアネを見た。助けるんでしょ。ユリアネが言うと、イルオマは鞍にしがみついて答えた。
「もちろんです。道はこのまま南へ」
「どれぐらいの規模で鎮圧作戦が行われてるのか、見当もつかないわ。中を突っ切るよりサムゲナンの周りを迂回して、あなたのご実家に向かった方がいいんじゃない?」
「それじゃ、穀倉地帯を東へ回って、南東からサムゲナンに入ります。すみませんが、よろしくお願いします」
「分かった。飛ばすから、舌噛まないでよ」
そう言って、ユリアネはイルオマが答える間もなく馬を急かせた。プティを抜けて穀倉地帯へ入ると、いつもなら丸々と繁っているはずの麦が痩せて、刈り取りを待たずに枯れていた。日照りのせいかしら。考えながらユリアネはギュッと眉を潜めた。
ローレンは知ってるのかしら。
いえ、本当に問いたいのは、王太子だわ。アントニアさまは気づいているのかしら。この国が逼迫し困窮していることを。考えていたユリアネに、イルオマがふいに前方を指差した。
「あの分かれ道で右へ!」
「分かった!」
馬の手綱を引き締めると、スピードを緩めてユリアネは言われた通りの道へ向かった。サムゲナンが近づくにつれ、焦げ臭い匂いが鼻をかすめ始めた。煙が上がっている。嫌な予感がしてユリアネが息を潜めると、蹄の音に混じって怒号が耳に届いた。
「イルオマ! 突っ切るわよ!!」
「はい! お願いします!」
鞍から腰を浮かしてユリアネが怒鳴ると、イルオマは身を縮めて答えた。
兵士がユリアネの馬に気づいた。わずかに目を見開いて、それからユリアネは背中にくくりつけていた剣を抜いた。その手を離せ!! ユリアネが声を張り上げると、粗末な石造りの家から女の腕をつかんで乱暴に引きずり出していた兵士は驚いて、慌てて手に持っていた剣を構えた。
「!」
ギンという固い音が響いて、兵士の剣はまっ二つに折れた。
「女子供に手を出すとは、恥を知れ王立軍!!」
ユリアネの声は、悲鳴と怒号にかき消された。あちこちで、王立軍の兵士たちが農具を持ったスーバルン人やアストラウル人と争う姿が見えた。民家に火を放ったのか、煙は道の方にまで漂っていた。次を右へ! イルオマが怒鳴ると同時に、後ろでピリピリピリという笛の音が聞こえた。
「ゴメン、イルオマ。黙ってられなかったのよ」
剣を鞘に収めてユリアネが険しい表情で言うと、イルオマは黙ったままユリアネの腰をポンと叩いた。どこ触ってんのよ! ユリアネが赤くなって振り向くと、イルオマはユリアネの脇から顔を覗かせて言った。
「次の角を左へ。そこで馬を乗り捨てましょう。兵士が追ってくる」
「間に合うかしら」
「分かりません。襲撃は受けてるかも」
角を曲がると、ユリアネは手綱を引いて馬を止めた。馬から降りてユリアネはイルオマに向かって手を伸ばした。下町のあちこちで火の手が上がっていて、イルオマは馬から降りて眉を潜めた。
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