泣き疲れて眠り、目を覚ましてぼんやりと父ルヴァンヌのことを考え、ナヴィはベッドの上で膝を抱えて牢獄の汚い壁を眺めた。
お父さまは僕がお母さまを殺したと思ったまま、お亡くなりになったのか。
考えると目に涙が自然と浮かんで、ナヴィは袖で目をこすった。ごめんなさい、お父さま。とうとう誤解を解くこともできなかった。自分の膝に顔を埋めて呻き声をもらすと、ナヴィは唇を強く噛み締めた。
アントニアはこのことを知ってるんだろうか。
知らないはずはないか…。ローレンもフィルベントもいない今、アントニアのそばにいるのはルクレーヌだけ。でもルクレーヌは元々、アントニアとはほとんど話すことも会うこともなかった仲だし…今、誰がローレンの代わりにアントニアを支えているんだろう。
考えると苦しくて、ナヴィはふと気配に気づいて顔を上げた。牢の外を見ると、そこにはフリレーテが音もなく立っていた。驚いてナヴィがベッドから立ち上がると、フリレーテは黙ったままジッとナヴィを見つめた。
「フリレーテ…」
ナヴィの顔がみるみるうちに歪んだ。この顔を、俺はよく知っている。憎しみと恨みにまみれた醜い顔を。この唇が、母を、妻を返せと何度叫んだのだろう。フリレーテが口をつぐんでナヴィを眺めると、ナヴィは牢の鉄格子を強くつかんでフリレーテをにらみすえた。
許せない。
どうして。
そのことばかりが頭の中を駆け巡る。
困ったように小さく首を傾げたフリレーテを見て、ナヴィは大きく息をついた。
手を伸ばして、できるものならその細い首を絞めたかった。それで母が戻るなら、それでハティが戻ってくると約束されるなら、ためらいなく僕はこの男を殺す。
指が白くなるまで鉄格子をつかむと、ギリッと歯を食いしばってナヴィはフリレーテをにらんだ。
「…何しに来たんだ」
低い声で、それだけ言うので精いっぱいだった。極度の緊張状態で、ナヴィは大きく何度も息を繰り返した。フリレーテの表情はダッタンで出会った時とは違う、どこか悲しみのようなものをたたえていた。言い返さないフリレーテに気づいてナヴィがフリレーテを見上げると、フリレーテは目を伏せてからジッとナヴィを見据えて言った。
「お前の罪は、何も知らないこと」
それは地の底から沸き返るような低い声で、ナヴィが息を潜めると、フリレーテは鉄格子を握りしめるナヴィの手に柔らかく手を添え、それからその大きな目を覗き込んで囁いた。
「お前の罪は、何も知ろうとしなかったこと」
「どういう…」
「お前以上の悲しみを、憎しみを知らずにいること。この国はもうすぐオルスナと戦争になる。それまで生き延びられればいいな、エウリル」
それだけ言うと、フリレーテはナヴィの手を離して踵を返した。戦争ってどういうことだ。呆然とその後ろ姿を見つめると、ナヴィは慌てて鉄格子をつかむ手に力を込めて叫んだ。
「待てよ! 僕が知らないことって何なんだ! なぜオルスナと戦争になるんだ! お前が何かしたのか!!」
ナヴィの問いかけを無視して、フリレーテは堂々と牢番の前を通り過ぎて曲り角で姿を消した。フリレーテ! ナヴィが声を上げると、牢番が気づいて慌てたようにそばにあった警棒で鉄格子を叩いた。
「騒いではなりません! 鉄格子から手をお離しになって下さい!!」
鉄格子越しに手がじわりとしびれて、ナヴィはそこから手を離した。牢番がホッとしたように息を吐いて、また元の位置に戻っていった。大変だ。これは大変なことだ…誰かに、アントニアに知らせなきゃ。考えると焦って、ナヴィはうろうろと牢の中を歩き回った。
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