夜が更けると王宮の西側は森に面しているせいか、無気味なほど静かになった。
ランタンの火がゆらりと揺れて、ガサガサと草をかき分ける音が響いた。王宮の大きく頑丈な石塀を見上げると、アサガとナッツ=マーラは暗闇の中、顔を見合わせた。
「ホントにそんなボロ鍵で開くのかよ」
ナッツ=マーラの隣にいたスーバルン人が囁くと、アサガはランタンを蔦のからまる扉にかざすよう指示した。アサガが首から下げていた鍵をつかむと、ナッツ=マーラは扉に絡まる蔦をかき分けた。
「開かなかったら、無理にでもこじ開けるしかねえだろ」
「もし開かなければ、別のルートを使います。でも、そちらの方が見回りが多いし地下牢に行くために王宮へ入らなければいけない。できればこっちで行きたいんです」
そう言って、アサガは扉の鍵穴に油を差し入れた。こりゃ古いな。ナッツ=マーラがランタンをかざして感心したように言うと、アサガは鍵を回しながら答えた。
「王宮にはこういう非常用の出口が無数にあるんです。いざ王宮を攻められた時に、王族だけは無事に生き延びさせるためです。僕もいくつか知ってたけど、ここは王族だけしか知らないルートのようですね」
「そうか。ラバスのジイさんから、スーバルン人だけの国があったっていう昔話を聞いたことがあるけど、その時もそんなことを言ってたな。王族しか知らねえ秘密の宝とか」
「宝はあるかどうか」
苦笑して、アサガは懸命に鍵を回した。無理か。そう言ってナッツ=マーラはアサガにランタンを渡し、それからガタガタと鍵を揺らした。あんまり音を鳴らさないで下さい。焦ってアサガが囁くと、ナッツ=マーラが回した鍵がギギギ、ガチャリというぎこちない音を立てた。
「開けるぞ」
スーバルン人が扉の蝶番にたっぷりと油を流すと、ナッツ=マーラは油で汚れた手を丹念に服の裾で拭った。アサガとナッツ=マーラで扉の輪をつかむと、地面に足を踏んばって力一杯それを引いた。
「ぐぐぐ」
ナッツ=マーラが歯を食いしばった。その後ろからナッツ=マーラとアサガの腕をつかんで、男たちが数人で扉を引っ張った。ふいにガコッという大きな音を立てて、ほんの少しだけ扉が開いた。もうちょっとだ。そう言って、ナッツ=マーラはその隙間に肩を押し込んだ。
「おらあ!」
扉はみんなで同時に力を込めた瞬間、壊れるかと思うほどギシッと音を響かせて半分ほど開いた。行こう。アサガがランタンを持って先頭に立つと、ナッツ=マーラは呆れたようにその後に続いた。
「な、開けるのにあんだけ手間がかかったら、非常口の意味なくね?」
「女性一人で逃げてきたら、ここで死にますね」
アサガが答えると、ナッツ=マーラはぜってえ意味ねえーと呟いた。通路は石造りでカビ臭く、アサガのランタンがなければ何も見えないほど真っ暗だった。足下に気をつけて下さい。階段に気づいてアサガが振り向くと、ナッツ=マーラたちは頷いてアサガの後について階段をゆっくりと降りはじめた。
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