カロクン川流域から南東に位置するサムゲナンを目指し、ガスクと共に馬を走らせていたスーバルン少数部隊は、サムゲナンの手前にある山で夜を迎えていた。
「これ以上は危険だな。ここで夜明けを待とう」
馬でギリギリ越えられるぐらいの険しい山道の途中で、グウィナンが他の仲間たちに向かって指示した。スーバルン人たちの後ろから必死についてきていた市警団のメンバーは、ホッとしたように互いの顔を見合わせた。
「あんたらホントすげえな。こんな険しいルート、アストラウル人は絶対に通らねえよ」
わずかに広場になっている所で馬を降りて、市警団の一人が感心したように言った。馬を木に繋いで火を起こすと、煙が上がらないよう大きな木の下でたき火をして、グウィナンは持っていた鞄から食べ物を取り出した。
「水も持ってきておいてよかった。プティを出る時はダッタンの近くで仕入れようっていう話もあったんだけど、寄ってる暇がなかったからな」
「そう言えば、ダッタンには誰が残ってるんだ」
水を大切そうに少しずつ飲んで、ガスクがグウィナンに尋ねた。パンを切り分けて仲間に配っていたグウィナンは、手を止めてガスクを見た。
「カイドとトゥワインに任せてきた。だが、サムゲナンで暴動があったとなると、ダッタンも危ないな…」
「ダッタンはそんなにひどい状態なのか」
市警団の一人が尋ねると、切り分けたパンを渡しながらグウィナンは無愛想に答えた。
「正直、サムゲナンで先に暴動が起こったと聞いて、意外な気がしたぐらいだ。ダッタンのスーバルン人街じゃ今、食い物を探して若い奴らが市街地まで出てるような状態だ。秋を迎えたのに、赤子が大勢死んでいく。ダッタンでも北の方は裕福な家が多いが、中部辺りじゃアスティも貴族の家や商人の倉を襲ったりしてるそうだ」
「今年は水不足で、ソークレジャでもいい葡萄は穫れなかったらしいからな…」
俺の叔父が、ソークレジャで葡萄農園をやってるんだ。そう言って、市警団のメンバーの一人がパンを口に入れた。
「夏はまだ春に穫れた食い物が残ってたからあまり影響を感じなかったけど、このまま冬を迎えたらどうなるんだ…。せめて王宮に納める税金が免除されるか、配給でもあればな」
それを聞きながら、ガスクは黙ってパンを口に運んだ。
火種は少しずつ燻りはじめて、国土を覆い尽くそうとしている。
あの時のように。考え込んだガスクの表情を横目で見ると、グウィナンはパンの最後の一口を食べてしまってから水を飲んだ。黙ってしまった仲間を見ると、ガスクは落ち着いた口調で言った。
「今夜は交代で眠ろう。明日にはサムゲナンに着く。サムゲナンに向かってるのにダッタンや他の心配をしても仕方がない。ダッタンはカイドたちに任せて、俺たちはサムゲナンの暴動をしっかりと抑えよう」
ガスクの言葉に、スーバルン人たちはスッキリしたような表情で頷いた。あんたら疲れてそうだから、俺たちが先に見張りに立とう。ガスクが市警団のメンバーに声をかけると、市警団の男たちは苦笑してすまないと頭を下げた。
夜が更けて月が高く昇ると、少し肌寒くなってきた。ボロボロのマントにくるまって見張りをしているガスクを見ると、グウィナンは起き出してガスクの隣に座った。
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