「眠れないのか」
ガスクが尋ねると、グウィナンは軽く笑った。
「ナッツ=マーラたちは、ナヴィを助けられただろうか。計画通りなら、今頃はナヴィを連れて王宮を出ている頃だ」
「ナッツ=マーラだけなら心配だが、アサガがついてりゃ大丈夫だろ。あいつは結構、戦にむいてるのかもしれない。頭がいいし、よく状況を見ている」
ガスクが言うと、グウィナンは腰に下げていた水筒を取り出して栓を抜いた。
「水だ」
グウィナンがそれを差し出すと、ガスクは礼を言って水筒を受け取った。
そう言えば…これからグステへ向かうと言ったスベリアは、無事だろうか。
あそこからグステへ行くには、サムゲナンを通らなきゃならない。まさか突っ切るようなバカはする訳ないと思うが。黙ったままガスクがグウィナンに水筒を返すと、グウィナンは寒いなと呟いて水筒をまた腰に下げた。
「何考えてる」
辺りは静かで、風が木々を揺らす音とグウィナンの声だけが響いていた。しばらく黙り込むと、ガスクはぼんやりと闇を眺めながら答えた。
「妙な女に会った」
「女?」
グウィナンが尋ね返すと、ガスクはグウィナンへ視線を向けて話を続けた。
「軍船から落ちた俺を助けてくれたオルスナ人の所にいた、俺と同じぐらいの年の女だ。オルスナで学者をやってたが、何か知ってはいけないことをつついて、国にいられなくなったらしい」
「そんな女が…オルスナじゃ、女が学者というのは当たり前なのか?」
グウィナンに聞かれて、ガスクは首を傾げ、知らんと答えた。
「その女は別れ際、俺にレタ=グラジーレというアスティを知っているかと尋ねた。まるで、俺が知っていて当然だとでも言いたげな口振りだった。俺が知らないと答えると、そいつは…レタ=グラジーレの今の名は、フリレーテ=ド=アリアドネラだと言った」
ガスクの言葉に、グウィナンは驚いて息を飲んだ。
「フリレーテ=ド=アリアドネラと言えば、ナヴィの母親を殺した貴族の名じゃないのか」
「…多分。貴族の称号がついているし、他にそんな名の男はいないだろう」
呟いて、ガスクは片膝を抱えた。
その名をスベリアに聞いてから、なぜこんなにも頭から離れないんだろう。
フリレーテ。
俺はこの名を、ナヴィに聞く前から知っていたような気すらしている。
「どっちにしても、お前には関係のない話だろ。その女、王宮の関係者じゃないか。それとも何か勘違いでもしてんじゃないか」
「分からない。グステ村でパンネルとは話したらしいが、それで俺たちのことを、俺のことを知った訳じゃないような口振りだった。まるで以前から俺を知っていたかのような…」
最後の方は独り言のように呟いて、ガスクは目を伏せた。
スベリアはナヴィのことも知っているんだろうか。
だから、俺とフリレーテを結びつけたのか。
…分からない。
「それで、その女は他に何か言ってたのか?」
グウィナンが尋ねると、ガスクは顔を上げてグウィナンを見た。
「いや。知らないなら知る必要はないと言って、それ以上は教えてくれなかった。ただ、知りたくなったらグステ村に来いと言ってた」
「そうか。まあ、その女がそう言うなら、やっぱり今のお前には関係ない話なんだろ。学者ってのは、俺たちの予想もつかないようなことを考えたりするからな」
グウィナンの言葉に少し納得できたのか、ガスクはそうだなと答えて軽く笑みを見せた。少し寝ろよ。怪我してんだろ。そう言ったグウィナンに苦笑で返して、ガスクはのそりと立ち上がった。隠していた腹の傷は、緊張しているためかあまり痛みを感じなかったけれど、全身をひどい倦怠感が襲っていた。
「ありがとう、グウィナン」
ガスクがグウィナンの背中に声をかけると、グウィナンは後ろを向いたままちょいと手を上げた。仲間が眠っている隣に寝転がると、ガスクはマントの端を抱え込むようにしてゆっくりと目を閉じた。
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