夜になって自室に戻った後、侍女を部屋から下がらせると、フリレーテは気配を消してまたそっと部屋を出た。王太子の命でフリレーテの部屋を守っている衛兵は、フリレーテには気づかずに欠伸を一つした。
ナヴィが捕らえられてから、夜、こうして部屋を抜け出してはサニーラの部屋を見張るのが習慣になっていた。ヴァンクエルが沽券にかけて守っているから、いかに王妃といえどもエウリルを暗殺することはできないだろう。
それでも。
広い廊下の壁際に座り込んで、フリレーテが自分の膝に頬杖をついて待っていると、ふいに王妃の部屋のドアが開いて燭台を持った侍女がそっと出てきた。
今夜も空振りか。もう一度、アントニアを当たるか…それとも、ヴァンクエルの部隊の兵士をたらし込むか。考えながらフリレーテが侍女の動きを見ていると、部屋を出た侍女がそばにいた衛兵と目を合わせ、それから頷いた。
「王妃さま、お早く」
小さな声で、侍女が囁くように言った。フリレーテが立ち上がると、部屋から質素なグレーのマントをかぶった王妃が出てきて、侍女の後について歩き出した。その姿は昼間の威厳ある王妃とは違い、どこか思い詰めて暗い影を宿していた。バカな女だな。今さらエウリルに何か言ったところで、気は晴れないだろうに。ぼんやりと考えながらフリレーテが王妃を追うと、王妃は侍女と共に王宮の大きな階段を上りはじめた。
なぜ上へ?
牢獄は地下にあるんじゃないのか。
それとも、王に愛想を尽かして愛人でも作ったか。
やっぱり空振りか。考えながらも諦めきれずに、気配を消したままフリレーテが二人の後をついていくと、サニーラは侍女と共に王宮の最上階まで階段を上がった。ここまで来たのは随分久しぶりだわ。肩で息をしながら小さな声で独り言のように呟いて、それからサニーラはまた歩き出した。
「王妃さま…こちらへ」
侍女の顔はよく見ると年嵩で、サニーラに古くから仕えているようだった。
王宮の最上階の廊下は、他の階よりも少し幅が狭く作られていた。そこは明かりもなく、侍女の持つ燭台の火だけがゆらゆらと辺りを照らしていた。廊下を端まで歩いて燭台を左手に持ち替えると、侍女は振り向いてサニーラを見上げてから、ポケットに入れていた古い鍵で一番端にある部屋のドアを開いた。
まさか。
スッと消えるように部屋に入った二人を追って、フリレーテは足を早めた。
開いたドアから中に滑り込むと、侍女が目の前で再び鍵をしめようとドアノブをつかんでいた。部屋は小さく、一見、物置きのようにも見えた。古いオルゴールや絵画が並ぶ中、サニーラは侍女の手から燭台を取り上げて緞帳をつかんだ。
その向こうには、古い扉があった。鉄の輪をつかんでサニーラが力を込めてそれを引くと、侍女がその手に自分の手を添えて手伝った。二人で唸るような声を上げながら固い鉄扉を開くと、わずかに冷たい風が吹き出した。フリレーテがそっと中を覗くと、扉の向こうは螺旋階段で、サニーラと年嵩の侍女は連なって階段をゆっくり降りはじめた。
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