「お前の顔は、エンナにそっくりだ」
サニーラの声は、まるで悪魔ようにざらついていた。
これまで王妃からお前などと呼ばれたことはなかった。ナヴィが驚いたようにサニーラを見ると、サニーラは燭台を掲げて目をつり上げた。
「私の手で直接、お前たちの命を絶つことはできなかったが…望みがとうとう叶うのだ。エウリル、お前は知るまい。私がいかにお前たちを憎んでいたか。オルスナとの友好のためと耐え忍ぶ私の胸に、どれほどの憎しみが渦巻いていたか、お前は知るまい」
「…サニーラさま」
呆然とした表情でまるで夢でも見ているかのように、鉄格子をつかんでナヴィが呟いた。
これまで本当に、王宮を出てからも、サニーラから恨まれていると考えたことはなかったのだろう。
思わず鼻に皺を寄せて眉を潜めると、フリレーテは冷たい眼差しで二人を見つめた。無邪気な王子。お前の無垢さや無知が人をどれだけ傷つけたかも知らないで。
「サニーラさま、僕は、僕とお母さまは、サニーラさまをお父さまと同じほどご尊敬申し上げています。お母さまはいつも仰っていた。もっと体と心が強ければ、サニーラさまのお手伝いができるのにと。だから僕にも、王太子を支えられるような立派な王子になれと仰っていたのです。お母さまをお恨みになるぐらいなら、その憎しみは何もできなかった僕一人に…」
「黙れ!」
サニーラの震える声が牢獄に暗く響いた。
鉄格子をつかんだナヴィがビクッと震えた。鉄格子に燭台の火を近づけると、サニーラはナヴィの目を覗き込むように言葉を続けた。
「エンナが死んだ時、私がどれほどの喜びを迎えたかお前は知るまい。お前が投獄され、このまま死を迎えるのを待つばかりとなった時、私がどれほどの幸福感を味わったのか、お前は知るまい。このままお前は何も分からないまま無意味に死ぬがよい。お前が苦しめば苦しむほど、私は救われ報われるのだ」
…気分が悪い。
老婆のように丸くなったサニーラの背中を見ると、フリレーテは口元を覆って大きく息をついた。気を抜くと吐きそうなほど、胸がムカムカしていた。あの女は自分で言っていて、その空しさに気づかないのか。
幸福と言いながら、なぜそんな風に苦しげな声を出す。
気づいていても、言わずにはおれなかったのか。
「冥土の土産に、一つ教えてやろう」
サニーラのしわがれた声が、牢獄に響いた。
うっすらと目を開いて、壁にもたれていたフリレーテが顔を上げると、サニーラはナヴィの目を覗き込んで見つめていた。
「お前の父は、もうこの世にはおらぬ。王はお前が母を殺したと苦しみながら、七日前に息を引き取った。お前を助ける者は、もうこの国には一人もおらぬ…エウリル、死して父と…そしてフィルベントに詫びるがよい。二人を死に追いやった自分の罪を悔いながら苦しみのうちに死ぬがよい」
サニーラは勝ち誇ったように大声で笑い出した。その目からは涙が幾筋も伝って頬を濡らしていた。何も言えずにただ黙ったまま鉄格子から手を離すと、ナヴィは後ろに下がって力なくベッドに座り込んだ。
ルヴァンヌが死んだ…?
その狂躁じみた笑い声を聞きながら、フリレーテはその場から離れた。毒気を抜かれた。サニーラが去ってから、エウリルに一言言ってやろうと思ってたのに。考えて押さえていた口元から手を離すと、フリレーテは笑い声に驚いている侍女と兵士の前を通り抜けて小階段を駆け上がった。
戴冠式の前に王の死が世間にもれれば、国は大混乱となる。
暴動どころの騒ぎじゃないぞ。
サニーラの声がふいに途切れて、フリレーテは一瞬だけ振り向き、それからまた石段を上がった。さっきサニーラを止めた兵士は、階段の途中で青ざめたまま立ち止まっていた。自分の進退について考えているのか。王の死を知れば、それどころじゃないだろうな。皮肉気に笑って兵士の脇をすり抜けると、フリレーテは鼓動する胸を押さえて大きく息をついた。
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