手段を選んだり迂回している時間はなかった。ヤソンの市警団のメンバーを道案内に、アサガたちは騎馬でカロクン川沿いを疾走していた。二十名を超える団体が一度に移動していて、しかもそのほとんどがスーバルン人という状況は珍しく、通報されるかもしれないなと考えながらアサガは眉を潜めた。
喋ると舌を噛みそうで、プティを出てからはずっと黙り込んでいた。アサガを守るようにナッツ=マーラとグウィナンが両脇を挟んでいた。ふいに先頭を走っていた市警団メンバーが手を上げて、アサガは馬を走らせるスピードを緩めた。
何だ。
ダッタンとアストリィへ向かう大通りの分かれ道辺りで、大勢の兵士が集まっているのが見えた。どうする! ナッツ=マーラが尋ねると、アサガはナッツ=マーラを見て短く答えた。
「突破します!」
「オッケー」
そう言って手綱を持ったままちょいと手を上げると、ナッツ=マーラはアサガから離れて馬を早めた。そのまま一番前まで出ると、グウィナンが続けて仲間を追い抜き、二頭が先頭に並んだ。
行くぜえ。
ナッツ=マーラが背負った大剣を抜いた。一番手前にいた兵士が馬の足音に気づいて振り向いた。どうやら交戦中のようで、兵士たちはすでに抜刀していた。あれは…。目を細めて先を見ると、グウィナンが剣を振り上げながら叫んだ。
「ガスク!」
兵士たちの中心に、マント姿の男が見えた。
「てっ、敵しゅ…!!」
敵襲と叫ぶ兵士の声は最後まで響かなかった。ナッツ=マーラの剣が閃いた瞬間、兵士の首が地面に落ちた。ガスクだ! ナッツ=マーラが振り向いて叫ぶと、馬の上で中腰になっていたアサガが背に負った剣に手をかけた。
「左右に分かれて取り囲め! 人数はこちらが勝っている!! 中心にいる男を援護せよ!」
「了解!」
騒音に負けないように張り上げられたアサガの大声に、スーバルン人たちが答えた。あのバカ。忌ま忌ましげにグウィナンが呟いた。スーバルン人たちが馬で兵士たちを取り囲むと、兵士は突然現れた伏兵に驚いたように輪を乱した。
「ガスク=ファルソを取り逃がすな!」
中央で剣を振るうガスクに恐れをなして、比較的外側にいた指揮官が慌てたように叫んだ。圧倒的に有利だったはずの状況が一転して、焦った兵士たちはどちらを相手にしていいか分からず、あっという間に半数が切られてその場に倒れた。
「ナッツ=マーラ!? グウィナン!!」
援軍に気づいたガスクが、兵士の剣を剣ではねのけながら声を上げた。
「僕もいますよ。どんな状況でも、もれなくムカつく男だな」
ガスクに向かって剣を構えた兵士を後ろから切り捨てると、アサガが馬上から呆れたように呟いた。全滅したくなければ兵を引け! アサガが指揮官に向かって怒鳴ると、指揮官はクッと言葉を失い、それから兵士に一旦引くように指示した。
「ガスク!」
馬から飛び下りると、ナッツ=マーラが剣を鞘に納めて駆け寄った。古いマントは切られてボロボロになっていて、ガスクは肩で息をつきながら呆然としていた。バカ、夢じゃねえっつの。ナッツ=マーラが言うと、それに続いてグウィナンが馬から降りてガスクに駆け寄った。
「!」
そのまま勢いでグウィナンがガスクを殴ると、ズサッと音を立ててガスクの大きな体が倒れた。
「いってえ! 何すんだこの野郎!」
すかさず立ち上がってガスクがグウィナンを殴り返すと、グウィナンは踏み止まり、ガスクのマントの胸元をつかんでグイグイ締めながら怒鳴った。
「お前だけは生き延びろと、何度言わせたら気が済むんだお前は!! お前が俺たちのリーダーじゃないんなら、勝手にのたれ死ねばいい!」
「生きてたんだからいいじゃねえか!! 大体、お前らは何でこんな所にいるんだよ!? しかも、馬でなんて…」
言いながらグウィナンの腕を苦しげにつかむと、ガスクは馬から降りてツカツカと自分に近づいてきたアサガに気づいて言葉を止めた。なぜアサガがこいつらと一緒に。考えた瞬間、アサガが黙ったまま拳を固めてガスクを殴った。
「な…」
グウィナンが驚いて思わず手を離すと、アサガは涙を目にいっぱい溜めてガスクを見上げた。
「アサガ」
殴られた頬を押さえてガスクも驚いた表情でアサガを見ると、アサガはキュッと唇を噛んで目を伏せた。
「エウリルさまはどこだよ。まさか、一人で逃げたんじゃないだろうな…」
「アサガ…」
ナッツ=マーラが複雑そうな表情でアサガを見ると、アサガの目から見る見るうちに涙が溢れてこぼれた。とにかく、お前を助けにダッタンへ行かずに済んだのはラッキーだったな。そう言って、ナッツ=マーラはガスクの肩にコツンと拳を当てて笑った。
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