ナヴィ。
必ず助けにいくと誓ったのに。
「…」
目を閉じて考え込むように両腕を組んだガスクを、周りのスーバルン人たちが心配げに眺めた。その内の一人、ダッタンのラバス教寺院でナヴィと何度も話したことのある若い男が、ガスクを見て口を挟んだ。
「なあ…やっぱり全員でナヴィ助けにいこうぜ。プティに残った同胞と、あのヤソンとかいう市警団たちがサムゲナンに向かってんだ。俺たちが今さら行ったってさ、間に合うかどうか分かんないぜ。それにナヴィのことが気になってちゃ、ガスクだって」
「…いや、アサガの言う通りにしよう」
目を開いて、ガスクが背筋を伸ばした。ガスク。若い男が咎めるように名を呼ぶと、グウィナンが男を見て言った。
「お前だって分かってるはずだ。市警団が行くのとガスクが行くのと、サムゲナンにいる同胞に対してどっちの影響が強いか。サムゲナンはスーバルン人が八割を占めてるんだ。ガスクが行けば統率できるのは火を見るより明らかだ」
「じゃあ、ナヴィのことは放っとくのかよ! 今頃あいつ、不安でたまらなくて死にたくなってるかもしれんぜ!」
「そうだよ。俺も全員でアストリィへ向かうべきだと思う。ガスクが…いや、俺たちがナヴィのこと見捨ててサムゲナンへ行くなんて、許されることじゃねえよ。ナヴィは何度もガスクを助けてくれてんだぞ」
ナヴィがエウリル王子だと知った後なのに、スーバルン人たちが懸命にナヴィを擁護しているのを見ると、不思議な思いでアサガは言葉を詰まらせた。どうする、ガスク。黙ったままアサガがガスクを見ると、ガスクは立ち上がって周囲のスーバルン人たちを強い眼差しで見つめた。
「いや、初めから練り込まれた作戦なら、その通りにした方がいい。俺たちはサムゲナンに向かおう」
「ガスク!」
避難めいた声が上がって、その声を抑えるようにグウィナンも立ち上がった。
「ガスクにはサムゲナンの奴らを守る義務があるんだ。ナヴィもガスクを待ってるかもしれんが、サムゲナンの奴らはその一万倍、ガスクを切望してるんだ。お前たち、同胞が避難壕で怯えながら俺たちを待っているとは思わないのか。ガスクについていけないなら、ゲリラなんかやめちまえ」
グウィナンの言葉に、スーバルン人たちは黙りこんだ。それでも納得していない様子を見てとると、アサガが顔を上げて周りのスーバルン人たちを見回した。
「みなさん、ありがとう。でも作戦はみなさんもご存じのはずです。初めからエウリルさまの方は少人数で向かう予定だった。アストリィに入った後、目立っては意味がないんです」
「しかし、王宮から逃げてきたお前たちを、外から援護することはできるだろ」
さっきガスクに反論した若い男がアサガに言うと、アサガはことさら明るい調子で答えた。
「大丈夫です。僕は生まれてからずっとアストリィや王宮で暮らしているんです。王宮の俄兵士などよりよっぽど王宮を熟知してますよ。その分、地の利は僕たちにある。エウリルさまのことは僕たちに任せて、あなたたちはサムゲナンへ行って下さい」
アサガの言葉に、スーバルン人たちが渋々頷いた。立ち上がってそれぞれが自分の馬の方へ向かう中、ガスクがアサガの腕をつかんだ。
「すまない。頼む」
ガスクのどこか切羽詰まったような表情を見上げると、アサガは一瞬眉を潜め、それから腰に差していた二本目の剣をガスクに差し出した。驚いてガスクがアサガを見ると、アサガはガスクの剣を見てため息をついた。
「それ、兵士から奪い取ったものでしょう。さっきも大勢を相手にしてたし、弱って折れる可能性があります。官給品には粗悪な剣が混ざってることがあるって、知人が零していたこともある。万が一のことを考えて、こちらを使って下さい」
「しかし、お前は」
「一本はあなたに渡すつもりで、二本持ってきたんです。プティでヤソンに目利きしてもらった剣だから、これなら大丈夫ですよ」
そう言ったアサガにもう一度頭を下げて、それからガスクは剣を受け取った。ガスク、乗れ。すでに馬に乗っていたグウィナンが声をかけると、ガスクはアサガを見てからグウィナンの後ろに跨がった。
「アサガ! 頼む! 必ず助けてくれ!」
ガスクが振り向いて言うと、グウィナンは舌噛むぞと怒ったように声をかけた。馬が駆け出すと、その後ろ姿を見送りながらアサガは小さな声で呟いた。
「あんたのために助ける訳じゃないよ」
「俺たちも行こう。生きてるうちに助けなきゃ意味ねえからよ」
剣を腰に差し直しながらナッツ=マーラがアサガに言うと、アサガは振り向いてええと答えた。人数は十人に減っていて、スーバルン人はその内六人、後はヤソンの自警団のメンバーだった。安心しろ、こいつらみんな手練だからよ。ナッツ=マーラが仲間を見てニヤリと笑うと、アサガは馬に乗ってから心配なんかしてませんと答えた。
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