胸がドキドキする。
ナヴィたちがスラナング男爵の屋敷を出る時、ナッツ=マーラや他のゲリラたちが騒ぎに気づいて馬で追いかけてきた。自分たちだけの問題みたいに思ってんじゃねえだろうな。ナッツ=マーラに怒鳴られて、胸が熱くなった。
「その、ローレンが連れてくるとかいう私設軍隊は間に合うのかよ!」
馬の蹄の音に負けないよう、大声でナッツ=マーラが言った。喋ると舌を噛みそうで、アサガの後ろに乗せてもらっていたイルオマが頷くと、ホントだろうなとナッツ=マーラは眉を潜めた。
南の穀倉地帯を抜けると日が暮れはじめて、夜になる前にサムゲナンに着くようナッツ=マーラが馬のスピードを上げた。あんまり飛ばさないで下さいよ! アサガが怒鳴ると、ナッツ=マーラは着いて来れなきゃ後から来な!と答えてニッと笑った。
煙の匂いがする。
あれは。
手綱をつかんでナヴィが指差すと、イルオマが視線を向けた。薄暗くなったサムゲナンの町で、高い塔が黒い影になって一際そびえ立っていた。あれが大寺院だ! ナッツ=マーラが大声で怒鳴った。サムゲナンで一番の大通りは王立軍兵たちが封鎖していて、町の制圧はまだ続いているようだった。
「正面突破する気ですか!?」
イルオマが先を進んでいたナッツ=マーラに言うと、ナッツ=マーラは黙ったままスラリと剣を抜いた。間に合わねえだろ。アサガの馬を追い越しながら別のゲリラが言って、ゲリラたちが封鎖されている大通りへ突っ込んでいった。
信じられない、めちゃくちゃだ。眉を潜めてアサガが腰に差していた剣を抜くと、イルオマがアサガの肩ごしに声を張り上げた。
「目くらましに丁度いい! 私たちは迂回しましょう!」
「あいつらを囮にするつもりか!?」
「人でなし! 分かってたけど!」
アサガが言うと、その隣に馬をつけてナヴィも叫んだ。私たちがここで死んだら、誰がガスクたちを助けるんです!? 負けずにイルオマが言い返すと、ナヴィがふいに大通りを避けて脇道へ入った。ナッツ=マーラ! ナヴィを追って脇道へ馬を走らせながらアサガが叫ぶと、王立軍兵と戦闘を始めていたナッツ=マーラがその声に気づいてこちらに視線を向けた。
「全く、勝手に離脱しようとするなんて」
ナヴィを追いながらアサガが呆れたように言うと、イルオマはニコリと笑った。次の角を左へ! イルオマがナヴィに呼びかけると、ナヴィは軽く振り向いてから角を曲がった。
何か音がする。
何だ。考えて馬を止めると、ナヴィは馬から飛び下りて剣を抜いた。アサガとイルオマがそれに続くと、大寺院の正面玄関を包囲していた兵士たちが騒いでいる様子が見えた。
「戦闘だ」
「応戦してるのは、ゲリラでしょうか」
ナヴィの言葉にアサガが尋ねると、イルオマはジッとその様子を見ながら答えた。
「あの大寺院には逃走用の通路が二つあるんです。昔、この国で宗教弾圧が行われた時に作られたものだそうです。もしあの中に大勢の住人が避難してるなら、それを使って脱出してるかもしれません」
「じゃあ、あそこで応戦してるのは?」
ナヴィがイルオマを見ると、イルオマは戦闘から視線をそらさずに言葉を続けた。
「前面で応戦していると見せかけて、通路を使って住人を避難させているのかも」
「大丈夫なのかな」
「とりあえず、揺さぶってみましょう。あなたたちは大寺院の東へ回って下さい。通路は西と東へ抜けているんです。西はさっきの大通りへ、東はサムゲナンの郊外に繋がってます。だからあなたたちは、馬で東へ向かって下さい」
「真っすぐ東へ行けばいいのか?」
アサガが尋ねると、イルオマは頷いた。お前はどうするんだ。ナヴィがイルオマを見て重ねて尋ねると、心配げな表情に気づいてイルオマは笑った。
「大丈夫ですよ。私は危ないことがあれば、真っ先に逃げて生き残るタイプですから」
「そういうことを言ってる訳じゃ」
「これ貸して下さい」
そう言って、イルオマはアサガの腰のベルトに差してあった武具の携帯棒を取り出した。ユリアネがしていたようにそれを組み立てると、丁度いいと囁いてイルオマは静かに建物の影から出た。
見回りに出た兵士が一人、戦闘の様子を伺いながら大寺院から歩いてきた。こちらには背を向けていて、イルオマは兵士に気づかれないようそっと近づいて、棒を使って素早く兵士を絞め落とした。
「!」
驚いてナヴィが声を上げそうになり、アサガが慌ててナヴィの口を塞いだ。気絶した兵士を引きずってまたナヴィとアサガの元に戻ってくると、イルオマは兵士の服を脱がせながら二人を見上げた。
「何、ポカンとしてるんです」
「お前、戦闘はダメだって言ってたのに」
ナヴィが言うと、イルオマは兵士からひっぺがした軍服を羽織って答えた。
「『戦闘』はダメですよ。一対一なら、まあまあ自信があります」
「よく分からない奴だな」
「血が苦手なんですよ」
アサガの言葉に答えると、イルオマは階級章を確認して平兵士かとため息をついた。馬も苦手なんだけどな。そう言って不器用そうに馬に乗ると、イルオマはアサガとナヴィに後からすぐに追いかけますからと告げた。
「私は兵士の手数を減らしたら、すぐに東へ向かいます。もし出口が分からなかったら、東の森の手前で待っていて下さい。ここから真っすぐ東へ行ったら、小さな森が見えてきます。出口はその辺りにあるはずなんです」
「分かった。無理するなよ」
アサガが先に馬に乗ってナヴィに手を差し出しながら言うと、イルオマは頷いて、ぎこちなく馬を走らせながら大寺院に向かった。ちらりと振り向いてアサガたちの姿が見えないことを確認すると、イルオマは大変だ!と怒鳴りながら大寺院の前に集まっていた兵士たちの中へ駆け込んだ。
「西の大広場で民間人が暴れてる! こちらに兵士の応援を頼むよう言われてきたんだ!」
「本当か!? しかし、こちらも苦戦してるんだ」
一番外側にいた司令官の男が答えると、イルオマは必死の形相で怒鳴り返した。
「苦戦どころじゃない! あっちは全滅の勢いだぞ!!」
「何!?」
「兵士の三分の二を東へ向かわせて、こちらは危なくなったら兵を引かせろという本部からの伝令だ! 避難住人を逃がしたぐらいでは降格になんぞならんだろうが、命令違反は軍罰の対象だぞ!」
「め、命令違反だなんて、そこまでは…分かった。兵士を西へ向かわせよう」
「頼むぞ! 私は北の大通りへも伝令があるんだ」
イルオマが落ち着かない馬を懸命に操りながら、その様子をおくびにも出さずにそう言うと、司令官は慌てたように兵士たちを呼び集めた。さっき来た方向へ馬を走らせてイルオマが振り向くと、司令官の命令に従って兵士のほとんどが西へ動き始めていた。
後は中で、上手くやって下さいよ。
そびえたつ大寺院を見て、イルオマはまた前を向いて馬を走らせるスピードを上げた。軍服のおかげで、偽の伝令だとは気づかれていないようだった。さっきナヴィたちと別れた建物の影まで馬を走らせると、イルオマは馬から降りて軍服を脱ぎ捨てながらホッと息をついた。
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