数年前の内戦の時にも避難壕として使われていた、ラバス大寺院の地下壕は、外からは容易く入り込めないほど頑丈に作られていた。多勢に無勢で追い込まれたガスクたちはヤソンの部隊と合流し、ここで籠城策を取っていた。
先に逃げ込んでいたサムゲナンの住人たちは、ほとんどがスーバルン人だった。ガスクが来たことで安心したのか中には泣き出す女子供もいて、一時騒然とした避難壕も、今は互いに励ましあいながら援軍が来るのを待っていた。
「アスティがサムゲナンを救いにくるなんて、考えられないことだ」
ラバスの神を象った木像を手に祈っていた老人が、小さな声で呟いた。その様子を黙ったまま見ていたガスクは、後ろで同じように黙り込んでいたヤソンを振り向いて見た。
「まずいな」
「…何が」
緊張しているのか、ヤソンの表情は固かった。実戦に慣れていない市警団のメンバーたちは緊張から体力を消耗していて、グウィナンや他のスーバルンゲリラたちが水と塩を摂るよう勧めていた。両腕を組んでまた考え込んだガスクを見て、ヤソンはもう一度尋ねた。
「ガスク、何がまずいんだ」
「援軍が来なかった時のことを考えて、体力があるうちに脱出を試みた方がいい。地の利がある場所での籠城は、本来ならゲリラお得意の戦法だが、これだけ人数がいるといざという時に動けねえだろ」
「だから、これだけ人数がいるから動けないんだろ」
「この大寺院の地下壕は、東と西の二か所の通路が直接外に繋がっている。兵を二手に分けて、一方が揺さぶりをかけている間にもう一方から脱出する。大寺院周辺でこちらを見張っている兵士は、こちらの二倍弱の人数だ。上手く引きつければまとめてサムゲナンから出られる」
「残った方が殿を務めるって訳か。そりゃ地獄を見るな」
ヤソンが苦笑いすると、ガスクは俺たちがやるさとあっさり答えた。ヤソンとガスクが話しているのを見てグウィナンが戻ってくると、ガスクは今の話をグウィナンに伝えた。
「そうだな。正直、貴族の援軍は当てにならん。サムゲナンなどかすめ取っても大した財産にはならんからな」
「援軍に来た貴族の私軍が、サムゲナンを占領するっていうのか」
驚いて市警団の男がグウィナンを見ると、グウィナンはそれ以外に何があるっていうんだと素っ気なく答えた。
「ヴァルカン公に味方する理由なんて、他にないだろう。自分の財産投げ打って、本気で共和制に賛成する貴族なんているはずがない。こちらにつくと見せかけて領地を増やすか、ヴァルカン公が王位に就いた時に大臣にでもしてもらおうと目論んでるかどちらかだろ」
グウィナンの言葉に、市警団のメンバーが黙り込んだ。まあ、そうマズくもないだろ。そう言って笑うと、ガスクはそばにあった古びたテーブルに腰掛けた。
「貴族たちがどう出るかで、対策が打てるってもんだ。お前たちのように民間人の武装集団はダッタンにもアルゼリオにもいる。サムゲナンが正念場ってことだな。ここの動き次第で、各地で決起する奴らが増えるかもしれない」
「今さら悲観した所でどうしようもないな。とにかくここを出ることが先決か」
ため息まじりにヤソンが言った。ニヤリと笑ってガスクが拳を出すと、ヤソンはその拳にコツンと自分の拳を当てた。ガスク。ふいに声がしてゲリラたちが振り返ると、スーバルン人の若い男が数人立っていた。
「キク、お前らもここに逃げ込んでたのか」
ガスクが笑みを浮かべて立ち上がると、キクは同じように笑みを見せた。サムゲナンの町中で魚を売っている時に、かち合ったんだ。忌ま忌ましげにそう言って、キクはガスクを見上げた。
「あのチビはどうした。ダッタンにいるのか?」
キクが尋ねると、ガスクは言葉を詰まらせ、それから今はどこだろうなと答えた。グウィナンがガスクの横顔をチラリと見ると、キクは後ろに立っていた仲間へ視線を向けてから口を開いた。
「俺たちも戦うぜ。お前らに守ってもらうばっかりじゃ、情けねえからよ」
「他の奴らも、同じこと言ってるぜ。みんな王立軍のやり方には腹立ててんだ」
キクの隣にいた男が、怒ったように言葉を吐き捨てた。黙ったままキクの右手をグッと握ると、ガスクは広い地下道に集まっていたサムゲナンの住人たちを見て声を張り上げた。
「みんな、聞いてくれ! これからみんなで協力してここから脱出する!」
座り込んでいた住人たちが、ざわりと声を上げた。中には少数ながらアストラウル人もいて、皆が一斉にガスクを見ると、ガスクは安心させるようにしっかりと頷いてから説明を続けた。
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