アストラウル戦記

「ローレン! 大変だ!!」
 封書を手にした市警団のメンバーが、部屋に飛び込んできた。どうしたんだ。ローレンが尋ねると、男は肩で息をしながら答えた。
「出兵を要請した貴族たちが、尽く断りの使者を寄越してきている」
「何だって!?」
 ローレンが青ざめて声を上げた。唾を飲んで息をつくと、男は震える手で封書を差し出して言葉を続けた。
「スラナング男爵がこれをローレンにと」
 差し出されたそれを受け取ると、ローレンはテーブルの上に置いてあったペーパーナイフで封を切った。中の便せんを開いて読むと、やられたなと呟いてそれを開いたままテーブルにバンと叩きつける。
「どうしたの、ローレン」
 ユリアネが心配げに声をかけると、ローレンは振り向いてユリアネを、それからその場にいるみんなの顔を見回した。
「アントニアの戴冠式が行われたそうだ。あまりにも不意打ちで、地方の貴族たちはアストリィに到着しないまま、正式にアントニアが王となった」
「そんな…それじゃ」
 ナヴィが潤んだ目でローレンを見上げると、ローレンは俯いて唇を噛んだ。イルオマが言った通りだったってことか。しばらく黙り込んでからボソリと低い声で呟くと、ローレンは顔を上げて、市警団の男に使者はまだいるのかと尋ねた。
「いや、みんな伝言だけでそそくさと帰っていったよ」
「エカフィの手紙を持ってきたのは?」
「スラナング男爵の側近の男だ。これからすぐにアストリィへ向かうらしい」
「それじゃ、エカフィに分かったと伝えてくれ。私はすぐにここを出てサムゲナンに向かう。世話になったと言っていたと」
「ローレン…」
 眉を寄せて男が呟くと、ローレンはいざという時になって裏切られることを思えば、そう悲観することでもないさと明るい声で答えた。男が部屋を出ていくと、イルオマはローレンを真っすぐに見つめて尋ねた。
「本当にサムゲナンへ?」
「行かなきゃ、ヤソンたちが危ないだろう。援軍が来ないんじゃ」
 ローレンが答えると、アサガが心配げな表情でローレンを見上げた。その隣で話を聞いていたナヴィが驚いたように声を上げた。
「それじゃガスクは? ガスクも危険なの?」
「…」
 言葉を探してローレンが黙り込んだ。キュッと唇を引き結ぶと、ナヴィは市警団の男を押しのけて部屋を出ていこうとした。待って下さいよ! イルオマが慌ててナヴィの腕をつかむと、ナヴィは振り向いて声を荒げた。
「ガスクが危ないんだろ! 行かなきゃ!!」
「無計画に行ったって、足手まといになるだけです! 何でこうあなたたちはみんな揃って無鉄砲なんですか!」
「あなたたちって何だよ! みんな揃ってって、それは僕も入ってるのか!」
 ムッとしてアサガが言うと、イルオマはもう一人いますよと言って振り向いた。随分ね。苦笑してユリアネがイルオマを見上げた。とにかく。ナヴィを引き戻してイルオマはローレンを見上げた。
「サムゲナンは渡せません。あそこを王立軍に持っていかれると、プティを固めても攻められやすくなる。ローレンはすぐにユリアネを安全な所へ移して、ヤソンが盟約を交わしたプティ市周辺の民間市警団を集めてサムゲナンに向かって下さい。私はこの人たちとサムゲナンへ先行します」
「分かった。くれぐれも気をつけて。無茶させないでくれ」
 チラリとナヴィやアサガを見て、ローレンは市警団の男と一緒に足早に部屋を出ていった。
「何で僕たちと一緒に?」
 残されたアサガがイルオマに尋ねると、イルオマは平然とした顔で答えた。
「ユリアネがいないのに、一人でサムゲナンへなんて恐くて行けませんよ。ナヴィがサムゲナンへ行けば、アサガだって行くんでしょ。どうせ同じ所へ行くんだから、一緒でいいじゃないですか」
「あのねえ」
 呆れたようにイルオマを見てから、ナヴィは日が暮れはじめた窓の外へ視線を向けた。ガスク、無事でいて。祈るように呟いて、それからナヴィは行こうと言ってアサガとイルオマを促した。

(c)渡辺キリ